傾聴

波戸岡:言葉を、頭や脳で処理しようとすると逆に疲れてしまって、それよりも全身で受け止めて、感じて、ということを大切にしているのですね。

中原:そうですね。マインドフルネスにも通じるかと思いますが、もっと高いところから、自分と相手の間で何が起きているのかを常に俯瞰する、この相談室全体を上から眺めて、この時間をどうやってさらに良いものにするのか、という観点です。法律に沿っているか沿っていないかは、答えがありますが、それは、依頼者の本当に在りたい姿や、これからの人生という大局的に見れば、小さな話です。弁護士は、本当の意味で依頼者の在り方を一緒に考えることで、依頼者の未来を描く仕事だと思います

波戸岡:ありがとうございます。
ところで、レベル1なのか2なのか3なのか、どう切り換えようかと考えている時点で、すでにそれってレベル1の傾聴なのではないかという疑問がありますが、その点はいかがでしょうか。

木葉:私はかつてコーチングの先生に「それはレベル1です」と言われたことがあります。ただ、自分の中でそうやって葛藤することが悪いというわけではなく、「今どのレベルになっているか」ということを把握して、よりよい傾聴を目指そうと思ってやっていることなので、悪いことでは全くないです。その状態にいるときはレベル1になっているという理解ということのようです。

中原:レベル1なのか2なのか3なのか、自分を客観視しようとしている視点は良いものだと思います。なので、しいて言えば、ポジティブな1でしょうか。いつも、絶対に2とか3ということはないので、常に自分を俯瞰して、気が付いて、そして手放して3に戻るというプロセスを取り続けるのが本来の姿勢だと思います。

波戸岡:もしかすると、コーチングを始めたばかりのころは、「気付きを与えたい」とか、「良い質問をしたい」とか考えている状態で、1の状態にいたまま戸惑ってしまったりしますが、スキルや経験を積むことで、感じたままにレベルを自然に切り替えたりできるようになるのでしょうね。

それから、コーチングバイブルで私が印象に残っているところに、「目の前の問題に対処することと、相手をコーチングすることを区別する」というのがあります。弁護士は、常に相談内容、つまり目の前の問題を一生懸命に解決しようと思いながら、一方で依頼者のいい未来も描きたい、その区別というのが興味深く思いました。

大門:今の波戸岡さんのご指摘、目の前の問題に対処することと相手をコーチングすることは違うというところで、私が思ったことを少しお伝えします。

コーチングの在り方や技術を弁護士が身に付けると良いと思っていますが、そのときに、弁護士がまず知っておく必要があることは、クライアントさんは弁護士に相談をするときに、コーチングを受けることを求めて来てはいないということです。クライアントさんは多くの場合、少なくとも意識的には弁護士との対話を求めてはいません。むしろ第一には情報やアドバイスを求めていると思います。自分のケースが法律的にどうなるのかということや法的アドバイスを受けたいから法律の専門家である弁護士に相談に来ているわけです。ですから私が、「コーチングをやっています」などと言うと「弁護士とコーチングですか。まるで水と油のようですね」と言われることもあって、それはある意味、すごく正しいと思います。

けれども、ここで私が個人的に大事だと思うことが2つあって、1つは弁護士という仕事は「対人支援」だということです。ただ「情報をください」と言われて、その情報を与えるのが仕事というよりは、その人がより幸せに、今以上に幸せに生きていくために支援をすることに法律的な知見、自分の持っているリソースを使って貢献していくということが仕事の本質だと思っています。そのため、この観点から考えると、ただ情報を与えることだけが仕事ではないのではないかということが1つです。

もう1つは、弁護士はクライアントさんとスポットではなく、継続的なかかわりが必要になる仕事であり、そのためには関係性を構築していくことが必要不可欠であるということです。その関係性の構築のためには、どうしても議論や単なる会話ということだけではなく、対話によってあなたは何を大事にしているのかということを聴いていくようなプロセスが、とても大事だと私は思っています。
そういうわけで、クライアントさんはもちろん法的なアドバイスを得たり、問題を解決することを意図していらっしゃるわけですが、やはり弁護士にもクライアントさんと対話をする力が必要になるのではないかと考えているのです。

波戸岡:ありがとうございます。大変勉強になります。
あっという間に予定した時間が来てしまいましたね。ぜひ次回も楽しみにしています!

大門 あゆみ (だいもん あゆみ)

法律事務所UNSEEN 代表弁護士(東京・港区) コーチ(CPCC資格保有者:米国CTI認定プロフェッショナルコーチ) ❖企業法務を中心に、相続、夫婦問題に...

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木葉 文子 (きば あやこ)

太田宏樹法律事務所(札幌市) パートナー弁護士 コーチ(CPCC資格保有者:米国CTI認定プロフェッショナルコーチ) カウンセラー(JDAP認定メンタル心理...

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中原 阿里 (なかはら あり)

CLARIS法律事務所 代表弁護士(芦屋市) ラッセルコーチングカレッジ主催 コーチ(ICF国際コーチ連盟認定プロフェッショナルサーティファイドコーチ/PC...

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波戸岡 光太 (はとおか こうた)

アクト法律事務所 パートナー弁護士(東京・港区) BCS認定プロフェッショナルエグゼクティブコーチ (一財)生涯学習開発財団認定マスターコーチ ❖中小企業と...

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