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ネガティブケイパビリティと弁護士の人的成長

「生きていれば必ずモヤモヤすることもあるけれど、それを避けたり、回避するだけでなく、葛藤をどう受け入れ、どう向き合うかが重要だ。」

私のテーマは「ウェルビーイングをつなぐ」ですが、今日は、こんな言葉からお話を始めたいと思います。
ポイントとなるのは、ネガティブケイパビリティという言葉です。この概念を通して、弁護士にとって、法的な専門性に加えて、さまざまな心の力がいかに大切かを考えてみます。

ネガティブケイパビリティとは?

ネガティブケイパビリティは、未解決の事柄や不確かな状態を受け入れ、そこに留まる精神的な力を指します。これは、英国の詩人ジョン・キーツが兄弟に宛てて書いた手紙に出てくる言葉から生まれたとされています。「事実や理由を急いで求めず、不確実さや不思議さ、不可解さの中にいられる能力」ともいえます。


人は、解決されていない不確実な状態には、心地よさを感じることができず、なんとかそこから脱却しようとします。これは当然のことであり、それが悪いわけでありません。
しかし、すべてのことが都合よくすぐに解決できるとは限りません。先が見えないことや、理由や正解がわからないこともあります。そのような、いわば中途半端な状態をそのまま宙ぶらりんで受け入れ、耐える力、その能力こそがネガティブ・ケイパビリティなのです。


ちなみに、キーツは、その手紙の中で、シェイクスピアがネガティブ・ケイパビリティを持つ人物であると記しています。
シェイクスピアは言わずと知れた大作家であり、その作品には、人の感情や人間性に関する、壮大で時に大きな矛盾や苦痛に満ちたシナリオがたくさん現れます。そうした作品を生み出し続けた力は、まさにキーツが言う、ネガティブ・ケイパビリティの賜物ともいえるのでしょう。

弁護士のネガティブ・ケイパビリティ

弁護士は日々、難解なケースやクライアントの複雑な問題に直面します。また、多くの事件は解決までに時間がかかります。時には、何年も続く紛争にかかわることもあります。解決までの過程は、時に不安定で、ややこしく、先行きもはっきりしない状態が続きます。この状態を、弁護士として冷静に受け入れ、クライアントと共にその状態に向き合うことが大事。そのような力がまさにネガティブケイパビリティというわけです。


だとすると、弁護士にとって、ネガティブケイパビリティが重要であるだけでなく、むしろ、弁護士として生きることは、ネガティブケイパビリティを鍛える過程でもあると、みなさんも実感されるのではないかと思います。
とすると、クライアントの未解決の問題や葛藤に寄り添い、解決までの過程をともに歩く姿勢の成熟度は、すなわち、弁護士としての成熟度合いを示す一つの指標ともいえるかもしれません。

ネガティブケイパビリティとクライアント関係

もちろん、紛争の当事者は、ほかならぬ依頼者自身、クライアントです。クライアントは、法的問題に対する不安や未解決の状態に苦しむ当事者ですよね。ここで、弁護士が、自身のネガティブケイパビリティを発揮し、クライアントの葛藤に共感的に向き合うことで、法的なアドバイスや代理人としての活動だけにとどまらない、クライアントへの支援の道があるように思います。

コーチングとネガティブ・ケイパビリティ

コーチングとは、クライアントの可能性を信じて引き出し、それを最大化する支援的な関わり方を指しますが、そのかかわりの奥には、多くの場合、クライアントの葛藤や悩みがあります。
コーチングでは、クライアント自身が、自分の葛藤と向き合い、コーチはその過程を支援するわけですが、実は、とても大事なことがあります。それは、コーチ自身が、自身の葛藤に向き合い、自分自身を俯瞰し、磨き、つまり、葛藤からの成長を遂げる姿勢です。
そうやって、葛藤からの成長を遂げる過程で欠かせないのが、やはりネガティブ・ケイパビリティです。

私は、コーチングのマインドやスキルは、弁護士の仕事の質を高めるのにとても有用だと考えています。つまり、弁護士がコーチのような側面を磨くことは、クライアント自身の前進、いい状態(ウェルビーイング)に必ず役に立つと考えますし、弁護士自身の成熟度やウェルビーイング度を上げるにも、大いに役立つものです。
それは、とりもなおさず、人としての人格的成長にも通ずるものであり、とてもシンプルに言うならば、「生きやすさ」にもつながるでしょう。法的専門性だけでなく、人間性を磨くこと、そんな意味合いにおいて、ネガティブ・ケイパビリティの概念理解や、コーチングの学びが役に立つことを強く願っています。

今、社会は一層混とんとして、不確実さはどんどん上がっています。そんな中でも、目の前の人を大切な存在として向き合い、自分の葛藤とも出逢いながら、それを受け入れ、ともに成長する姿勢を持ち続けたいと、私自身もいつも思っています。まさにウェルビーイングコーチングのマインドです。そして、そのような試みが、一人一人の心や存在をあたたかくつなぐ礎になるようにとも願いながら、今日の話を終えたいと思います。今日はありがとうございました。

中原 阿里 (なかはら あり)

CLARIS法律事務所 代表弁護士(芦屋市) ラッセルコーチングカレッジ主催 コーチ(ICF国際コーチ連盟認定プロフェッショナルサーティファイドコーチ/PC...

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