対人支援、キュアとケア

中原:今日は私の最初のレクチャーです。私は半年ぐらい前に兵庫県弁護士会でコーチングの弁護士向けの研修を担当させていただきました。それの一部をかいつまむ形で恐縮ですが、何かお役に立てれば幸甚です。

内容としては、コーチングそのものに加えて、弁護士業もちょっと楽になるような、使い方を提案しています。例えば、弁護士のよくある悩みとして、依頼者の話が長引いて疲れる、依頼者の説得に悩む、依頼者対応に悩んで仕事も遅れがちになってしまう……。正直にいうと私もこういうことはあります。

研修のまえには、弁護士にアンケートをとり、その結果を、「説得困難型」「無理難題型」「こんなことなら型」「コミュニケーション負担型」などに分類しました。これらについて、コーチングがどんなふうに作用し得るのかを、整理してお伝えできればという趣旨です。

具体的には、コーチングの基本的なエッセンスのところと、コーチングと弁護士業の関係性、そしてそれぞれ傾聴、承認、質問なども、今日は傾聴ぐらいまでですが、お話しさせていただきたいと思っています。

自己紹介

最初に改めて自己紹介をしますね。私は弁護士になるまで、いろいろな仕事をしていました。最初は文学部英文科だったのですが、そこから広告代理店、社長秘書などをやって、結婚して、出産、この間に外国人の方や被害者、精神障害者といわれる方のご親族傾聴ボランティア活動をしていました。そこで近くにあった大阪大学大学院人間科学研究科で臨床心理学、カウンセリング等の科目等履修生をやっていました。その後、離婚しまして、職なし、家なし、お金なしということで保育園の給食調理員やら、阪大病院の事務、それから民族学博物館という文化人類学の研究所の編集をしたりと本当にいろいろなことをしました。この職種の経験において、世の中の痛みや分断、差別、マイノリティーの方の生き方にぐっと視点を移すことになりました。それは病気であったり、住んでいる地域であったり、言語だったり、宗教だったり、世界には多様な分断があり、そのなかで苦しむ人たちの生活を初めて何となく実感させていただいた、目の当たりにさせていただいたプロセスの中で、何とか人の幸せのために何かできないだろうか、という問いが強くなっていきました。

というのは、私は小さいときに親が非常に厳しくて、毎日、今、思えば虐待かというぐらい結構厳しい母でしたので、寝る前に「世界中の人が幸せになりますように」と祈るのが日課でした。そうすれば私も幸せになれるかなと。その小さい時の思いが、社会の苦しい側面を知るにつれて、やはり人の幸せのために何かできないだろうかと思ったときに実はロースクール制度ができまして、貯金を計算したら、どうも学費は足りそうだということで、「えいっ」という思いで一人娘を連れてロースクールに入って弁護士になりました。

ところが、弁護士になってみると、法的な勝ち負けと幸福度が必ずしも相関しないと知りました。完全に勝っても「次はどうやってお相手を痛め付けてやりましょうか、先生」などと言われることもありますし、いわゆる敗訴、破産になっても「これで終わりました。これでまた歩いていけます。ありがとうございました」と言う方もいらっしゃいます。こうなってくると本当に全てが心の在り方、主観的な満足度が重要なのだなと、当たり前なのですが、改めて気付かされたという弁護士業13年になります。

じつは、私自身も結構働き過ぎで弁護士10年までに6回入院してしまい、これはやばいなという思いもありました。働くことと生きることと幸せ、つまりウェルビーイングの関係ですね。そこで学びを改めて始めました。所属する学会も変わってきまして行動経済学会や日本司法精神医学会、マインドフルネスや交流分析、ブリーフセラピー、そして国際コーチ連盟、あと組織論、MBAの単科、あとウェルビーイング、グリーフケア、この辺り、本当はもっとあります。それらを取得しまして、完全にフィールドがぐっと広がって、心の幸せのケアというところに進んできました。今は、弁護士もやりつつウェルビーイングをつなぐコーチングスクール、エグゼクティブコーチ、そしてウェルビーイング経営アドバイザーなどもさせていただいています。

コーチングは、ご存じのとおり欧米では専門職・経営者の7割がコーチを付けているというデータがありますよね。ビル・ゲイツに至ってはなんと6人のコーチがいるそうです。これは国内でも大きく広まっています。ビジネスはもちろんスポーツでも、教育、医療など、本当にあらゆる分野に広がっています。私のスクールにも本当にたくさんの方がいらっしゃっていて、それぞれの現場でコーチングというものがすごく浸透してきたという感じがあります。

コーチングの発見

皆さんはご存じかもしれませんが、一応コーチングの発見について少しお伝えしておきます。昔、あるテニスのコーチがいました。プロコーチだったので休めないのですが、けがをしてしまいます。仕方がないのでスキーのコーチに頼みます。しばらくして戻ってみると、何と選手がとても上達していました。それで驚いてスキーのコーチに「一体、何を教えたの?」と聞きました。「いやいや、僕は何も教えていないよ。だってテニスのことは何も知らないから」。そう、本当に知らなかったのです。しかし、テニスの選手はスキーのコーチによって非常に上達しました。そして、スキーコーチは答えます。「僕はただ○○しただけだよ」。さあ、スキーのコーチは一体何をしたのでしょう。ここに入る言葉はなんでしょう?
はい、これは「質問」です。
それまでテニスのコーチは、選手が空振りをしてしまうときに「ボールをよく見ろ。早く走れー」と言っていたわけです。しかし、スキーのコーチは「ボールのどこを見ているの? ボールはどう回転しているの?」と聞いたわけです。すると、選手はボールを見るわけです。そして回転を考え、「だとすればラケットをこう出そうかな」、「もう一歩早く踏みだそうかな」という考え、思考の整理、そして自発的な行動につながっていくわけです。

人は質問されると考える生き物ですよね。例えば「皆さん、今年のお花見は誰と行きますか」などと聞かれるとちょっと花見のことが浮かびますよね。これが質問のフォーカス機能、視点移行機能というもので、人は質問されるとそのことについて考えます。それを利用して、コーチが質問をし、クライアントさんが話す、また聞く、また話すというプロセスを通してクライアントさんは思考の整理ができます。そしてクライアントさんの中に気付きが生まれ、そして「こうすればどうだろうか」という自発的行動が生まれ、目標を達成して解決します。
この、スキーとテニスのコーチの出来事がコーチングの発見と呼ばれるエピソードであり、これは同時にコーチはクライアントさんの専門性を知っている必要はないという大発見だったといわれています。

コーチングについてはいろいろな定義がありますが、国際コーチ連盟ではこう定義しています。思考を刺激し続ける創造的なプロセスによってクライアントの公私の可能性を最大化させるようにパートナーの関係を築くこと、です。その創造的なプロセスには課題設定や傾聴、承認、フィードバックなど、これも細かく分けるといろいろなものがありますが、特に、傾聴、質問、承認などが弁護士業に役に立つと思います。

コーチングと似た関わり合い

ここでコーチングと似た関わり合いをざっとだけご説明して、次に弁護士業に行きます。まず、コンサルティングとコーチングはどう違うか。これは明確な答えがない点では一緒ですよね。ただし、コンサルタントさんはそのものの専門家である必要があります。例えば「ITを導入します」と言われたら「御社にはこういうIT機器をこういうプロセスで導入しましょう」という解決策を持ってきて、それを適合するのがコンサルさんですよね。コーチングはご本人の中から答えを引き出します。そこが違います。

カウンセリングは人のメンタルの状態が違います。主に人のマイナスな状態をゼロに持ってこようとするのがカウンセリングです。陰性感情のアプローチです。コーチングは原則としてゼロから10、10から100を扱います。とはいえ人はネガティブなときもありますので、もちろんそこにもある程度は対応できる必要もあります。
そしてティーチングは最も違うものです。例えば「1+1=2ですよ」といった明確な答えについて、それをそっくりそのままお渡しするのがティーチングです。

ここで大事なのは、コーチングが他のものと比べて価値が高いということではなく、お相手に何が今、必要なのか、このクライアントさんには今、何が必要なのかというのが分かった上で自分がこの4つのうちのどれかを意図的に選択するのだということです。

これをさらに弁護士業に照らして言うと、具体的にいえば、例えば借金問題で悩んでいる人がいらっしゃるとします。ここで、時効は5年ですということをお伝えするのであれば、これは明確な答えがあることなのでティーチングになってくると思います。この人に「時効は何年だと思います?」と聞いてもしょうがないですよね笑。

他方、これだけ債務がある中で債務整理がいいのだろうか、破産がいいのだろうか、はたまた個人再生がいいのだろうか。これを考えるのはかなり専門的なことですよね。答えが「1+1=2」と明確にあるとまではいえない。その方の家庭状況、お考え方、人生プランなどいろいろあるでしょう。そういったものを自らの専門性をもって複合的に考えて、戦略的に考えると、たとえば個人再生という方法がありますがどうでしょうか?と提案する。これはコンサルティングの分野です。

時には「精神的に参っちゃって」というお話もあるかもしれません。そのときにわれわれは自然とカウンセリング的な技術を使っているはずです。

では、コーチングは何なのかというと、傾聴や承認によってクライアントとの信頼関係を形成することです。そして時には説得が必要ですから、説得力を高める。そして質問によって依頼者さん自身の気付きをもたらす。そしてご自身が考えて選択したというプロセスです。「こんなことなら」というふうにならないために、主体的なクライアントの自己決定プロセスを支援すること、このコーチング力がしっかりあることが弁護士業を大きく底支えするものと考えられます。

弁護士は対人支援職

ここで改めて弁護士というのは対人支援職であるということで重要な概念を、今日はせっかく弁護士さんだけの集まりですので説明したいと思います。これはキュアとケアと呼ばれるものです。これは「ケアの思想と対人援助」について研究されている九州大学の村田久行先生の概念です。
まず医療の現場を考えます。医療の現場で、事故や病気で歩けなくなった人がいらっしゃるとします。そのときに、そもそもなぜそれを治療するのか?という問いがあります。これは歩けないという客観的な事情と歩きたいという主観的な願望にずれがあるからです。そして、ここのずれを解消するのが治療であって、このずれの存在そのものが患者さんの苦痛なのです。この客観的な事情、つまり、歩けないという事実にアプローチするのがキュア、治療です。つまりキュアとは事実を願望に近づけることです。

しかし、それだけでは対人援助としては不十分です。なぜなら、時にはこの願望は実現されないですよね。そして、そのときにこの客観と主観がずれたままだと患者さんの本質的な苦痛は残ったままです。ですから、ケアが重要なのです。ケアとは単に心の手当てをすることではなく、変えられない事実を受け入れる手助けをすることです。たとえ歩けなくてもそれを受け入れて人生を歩みだすケアをする、このキュアとケアがそろって初めて対人援助だとおっしゃっているわけです。

これはなるほど、弁護士にも大いに当てはまると思います。例えば、客観的な事実として離婚は避けがたいとします。これで、本人が離婚したいのであれば問題ないですよね。それは紛争ではない。しかし、主観的には離婚したくないのであれば、そのずれが紛争になります。そして、われわれはまずこのキュアに取り組みます。「離婚を避けられないか」、「せめていい条件で」などと、何とかこの主観的願望を実現しようと、離婚の事実にアプローチする、これがキュアです。しかし、時にはこれが完全には実現されないこともあります。そこで、この事実を受け入れられるように手助けをすることがケアです。このキュアとケアの両方から推進し、そしてどこかで依頼者が事実を受け入れたときに紛争が終わり、和解なり示談なりができるわけですよね。ですので、この2つが解決の両輪であって、両方大事なのだと思います。ただ、意外と置き去りになりやすいのが、このケアのところです。このケアにアプローチするのが、一つはコーチング的な関わり方なのだという整理ができると思います。

結局、コーチング的な関わりでは傾聴と承認をすることによって信頼関係や良好な関係がつくりやすくなり、そして説得しやすい、そして結果として課題解決が早まるという効果が得られます。さらに、質問をうまく使うことによって依頼者の主体性や自立性を高める。そして本人の納得感です。自分の中から出てきた結果を実現していくわけですので、納得感が生まれるというプロセスがあります。

私は弁護士業務をステップ1からステップ4、相談の段階、受任の段階、遂行していく段階、そして終結の段階の4つに概ねの事件は分けられるかと思うのですが、それぞれの段階でコーチングがどのように役立つのかをとても意識してやっています。

傾聴

傾聴の話を少しだけ説明しますと、やはり傾聴が一番大事です。この傾聴というのは相手を本当に受け入れることです。相手を誘導してやろう、ここを気付かせてやろう、あるいは気分を良くさせるため、従わせるために使うものではありません。もちろん傾聴すると、こういう結果が出ることはままあります。しかし、それは目的ではなく、その人の心の状態をそのまま受け止めることが傾聴です。もっというと相手を信じて、相手にとっての最善が起こりますように、幸せがありますようにと願いながら聴く、このマインドですね。これが本当に大事だと思います。しかも有効だと思います。
こういう真の傾聴が行われると、相手には5つの効果が生まれます。
まずは、カタルシス効果という、心が軽くなる効果が生まれます。話しただけで、聞いてもらっただけでほっとしましたという声を、みなさんもたくさんの相談者から聞かれているのではないでしょうか。

そしてバディ効果です。これは、相手や話した場に対する親近感です。「この法律事務所にもう一回来てみようかな」という居場所感が得られる。

そして3番がアウェアネス効果です。ご本人が話すだけで気付きが得られる。「私、考え過ぎていたかな。そういう考えもあるかも」。というものですね。

そして、ラポール効果です。直接話しているお相手との関係で信頼関係を築くことができる。これによって依頼者に安心が出て、意欲が出て、そして自主性や自己成長が見られる。これが問題解決につながっていくわけです。というわけで、とにかく話を聞いてもらったという実感を得ていただくことが大事ですので、そのためには感情ワードを大事にするのがポイントです。「大変でしたね。おつらかったですね。悔しいとお感じだったのですね」という感情を共にすることが共感ですので、共感的な傾聴をすることがとても大事だと思います。

それから、依頼者の話が長引くときには中断してもオーケーです。「大事なところなので一つ聞いてもいいですか。ここまでの話はよく分かりました」と、傾聴して、承認して、その上で「幾つか質問させていただいていいですか」と展開することでお相手のちょっと長いお話を止めることもできます。話を止められてほっとする心理もありますから、これで時間も有効に使えます。

それから、何度も電話してくる、無理なことを言われる、この悩みは弁護士に共通すると思いますが、これは要するに依頼者の不安行動です。みなさまも、電話の音にびくっとしたり、電話に出てみて、その主が当該依頼者でなくてほっとしたりという経験はありませんか。私はしょっちゅうあります。これは受け止め方も大きいですので、とにかく相手は不安解消行動を頻繁に起こすもので、弁護士個人への攻撃ではない。一見そう見えても別のものを投影していて何かに怒っているだけなんだと理解することが大事です。

そして、この場合もやはり「聴く」です。「ここまでよくやっていらっしゃいましたね」と、ちょっと言い方は難しいのですが、「なかなかできることではありません。よく頑張っていらっしゃったと本当に思います」と承認を根気づよく言語化します。結果として不安行動は減っていきます。そして、譲歩への基礎となります。本当にこの傾聴や承認というのはお相手をエンパワーメントすることになると思っています。

最後に理論でまとめると、やはり人は承認されたり傾聴されたりすることによって自分が本当は持っている自己解決力をきちんと引き出すことができると思います。人間はほとんどのことを自分で解決してきているはずですが、時にそれが衰えたときに弁護士のところにやってきて「何とかなりませんか」と言う。そこで、弁護士がすることは、その人が本来持っている冷静さや合理的な判断力を信じてそれを引き出すことです。これを行動経済学でトランスフォーマティブモデルというのですが、これが必ずその人の中にあると信じることから現れます。

「わざとらしさ上等」

最後に「わざとらしさ上等」という言葉があります。これは京都大学のセンター長をされている杉原先生の名言ですが、傾聴は自然な行為ではない。「ならう」(習う「学ぶ」と倣う「まねる」)から進歩するのだと。最初はわざとらしくても一向に構わない。言い過ぎかなと思っても、そういうものですと。杉原先生は大家ですけれども、毎朝、起きたら鏡の前で「アー、イー、ウー」と顔の筋トレをするそうです。なぜなら表情は顔の筋肉、表情によって一つお相手にもたらす傾聴のメッセージも違うのですと。そして、いい傾聴をまねる、いい言い方をまねる、そこから魂が宿ってきますよと。傾聴とは努力の結果なのですと言い切っておられるのです。

私もつい、ちょっとしんどいとき、難しい依頼者さんにちょっと顔が曇ったり、ちょっと言っても無理かなという気持ちになってしまうときもあるのですが、その中でもしっかりこうやって気持ちを整えていくことが大事だなと。「わざとらしさ上等」ということで今日の説明はこれで終了としたいと思います。ありがとうございました。

波戸岡:ありがとうございます。ミニレクチャーどころではなく、ずっとこのまま講義を聞いていたいです。お話の中にありました、コンサルティング、カウンセリング、ティーチング、コーチングの4つの内容と弁護士業との関係は大変分かりやすかったです。
また、キュアとケアというのは目からうろこの話でしたし、傾聴の「わざとらしさ上等」はいいですね。なるほどとうなづいてばかりでした。

中原:このほかに問題となるのは、依頼者が、ここで決断したほうが絶対にいいのに、勝訴的なのに、気持ちの問題で進めないというときですよね。その場合、依頼者に欠けているのは要するに合理的な決断力だと思います。何らかの形で合理的な決断力が衰えてしまっている。そこを徹底的に支援するのがセオリーなのかなと思います。

ポイントは、説得力と承認力が一般論としては比例するということかと思います。つまり、人は自分の話を聞いてくれる人の話を聞くし、自分のことを認めてくれる人の言うことを受け入れます。ですから、説得するためにはその何倍もの傾聴、承認をすることが結果として依頼者の決断力を実は底支えしていることになります。

それがマインドですが、考え方としては、依頼者にとって理不尽なものをいくら合理的と言っても伝わりません。「今、合意したほうが客観的には合理的ですよ」というのは、もはや通じないわけです。じゃあどうするか?というと具体例としては、とにかくねぎらう。わざとらしくていいので、「大変でしたね。悔しいですよね」と苦労をねぎらう。理不尽な感情も「そう感じるのも、ごもっともです。あなたの立場だったら私だってそう思うと思います。そのとおりです」と。で、めいっぱい依頼者の気持ちや立場をフル承認した後に「本当に難しい判断だと思うが、あなたにはご自身に一番いい選択をする力があると私は思う。普通の人には難しいかもしれないけど、あなたにはその力があると思う」とはっきり言います。信頼と敬意を表明するということです。その上で、「私はあなたに損をしてほしくないんです。ここでこの提案を蹴ると、あなたに損をさせることになる、それは私にはお勧めできないんです」と、ここもはっきり言います。この順番が、依頼者を冷静に引き戻させ、一歩進む勇気を思い出すために効くかなと思います。キラーワードは「あなたに損をしてほしくないんです」です。

木葉:中原さんのレクチャーが素晴らしく、うっとりして聞いていました。
「人は自分の話を聞いてくれる人の話を聞くし、自分のことを認めてくれる人の言うことを受け入れる」についてですが、自分が話をしていても、「この人は私の話を聞いていないな、はなから否定してくるな」と思ったら、もしそれ以上話そうと思わない、ということはよくありますよね。
先程のお話の「ケア」の部分で、弁護士もまず、依頼者に共感して感情に寄り添うことの力を改めて認識することが大事だと思います。

波戸岡:仰る通りですね。それから、お話の中で、未来を問い続けるという話がありましたね。そういうきっかけを与える言葉であったり、質問であったり、そういうことはどのように意識されていますか。

中原:いい質問ですね。私が印象的な事件では、離婚事件で、とにかく口を開くとお相手の罵詈(ばり)雑言ばかり。夫婦生活の歴史が長いものですから、いろいろあるのですよね、結婚する前の話から、自身の親御さんとの関係など、本当に罵詈雑言だったのです。さらに執着もあって、離婚したいけれども離婚したくないという、事件を「終わらせない」という状態もすごく続いていて、なかなか難航していました。

私とその方の関係は悪くないのですが、とにかくお相手の方への執着がすごく激しい。で、あるとき、ふと「この事件が全部終わったら、どんな生活をしていたいですか。何を考えて暮らしたいですか」とお尋ねしたのです。だいぶ沈黙された後、「終わってからですか」と。ここで、私も沈黙に耐えて、頑張って待つのですが、すると、その方は、「実はとにかく相手のことは忘れていたいと。今、実は里山保全活動をしていて、それを事業化したいと思っている。」と言われました。それは、今のお仕事とも違うし、全く初耳だったのです。何ならその奥さんのこと以外の話をするのも初めてで、私もびっくりしました。そこから何となくモードが変わっていきました。お相手に関する話もぐっと減ってきましたし、未来のことを私も聞くし、頭の中の比重も変わっていきますよね。人は、質問されたことを考えるので、未来にスポットを当てていくことによって自然と変わっていきます。「離婚の話はやめましょうよ」と私は一言ももちろん言わないわけですが、自然と未来志向になっていって、すごく早く、思ったより早く収束しました。

問いの力というのはすごく大きいと思いましたし、その人の全体性を受け取れていなかったという自分の反省を感じた出来事でもありました。この人は奥さんの話を「がーがー」言ってしまうだけの人とイメージしていたところが自分にはあって、そう思っていると、その人もそうなってしまうのですね。そこは非常にちょっと視線が薄かったなということを思いました。

波戸岡:具体的なエピソードを元にありがとうございます。未来を尋ねるオープンな聞き方で、依頼者が本当に自ら未来を創っていくのですね。

中原:そうですね。一緒に未来を見てみるというか、「何々さん、ところでね」と言って。ちなみに、事件って絶対に終わるのですね。これは弁護士われわれが知っている、すごい強みだと思っています。ご依頼者の人は事件が終わることさえ忘れてしまうというか、いっぱいいっぱいになってしまって未来への想像がつかないのです。でも、われわれは弁護士として、どんな事件も必ず終わるということを知っている。だから、絶対に事件は終わるし、その先に、この人の長い豊かな人生があるのだと信じて、その前提で問うのもわれわれの役割かなと思います。

波戸岡:それから、依頼者のなかには、そうはいってもいつまでも決められない方もいらっしゃいます。さんざん打ち合わせも重ね、尋問まで行って裁判所からある程度心証も示されたのに、「自分では決められないです。先生、決めてください」という感じになる人もいます。こういう場面ではどうされていますか。

中原:私が結構大事にしているのは最初の場面です。結局弁護士が委任を受けるということはチームを形成することだと思うのです。チームなので、この受任のときに役割を明確にすることをすごく意識しています。ここで弁護士と依頼者をチーム論で考えると、メンバーが誰で、目的は誰で、役割は誰で、そこに信頼と承認の文化があることが大事だと思います。これを徹底する。

まず、メンバーは誰か。担当の事務さんは誰で、相手方は誰で、このときに弁護士と事務局と、あと依頼者さんの役割を明確にお伝えすることをすごくやっているかもしれません。われわれはこういうことをします、相手と連絡します、事務局さんはこういうことをします。で、ポイントは、依頼者さんは必ず最終的に意思決定をやってくださいねと。そのために途中、途中で私もお手伝いをします。できるだけのことをするから、必ずご決断というのはあなたのことなのですよというのを、心理教育的なことを最初から割と踏んでおくのが少しずつ効いてくるのかなと。人は言われたことを守ろうとするものだと思います。

あとは質問の中でいろいろな、本当の目的は何なのか。例えば300万円欲しい。「300万円欲しい」の先に何が欲しいのか。幸せな生活なのか、相手と縁が切れることなのか、従業員を守ることなのか、その2段階の確認をしておくと、最後に迷ったときに本当に大事なことはどれだったのか、そちらに戻ってもう一回決められるので、それが最初のときの割と布石的なやり方かなと思っています。

そして最後は結構ゆっくりやります。「どうしますかね」とか言って。事件を二人で振り返って考え行くと、依頼者の決断につながることも多い気がします。

波戸岡:なるほどです。チームという発想と働きかけはとても勉強になります。
次回も、中原さんのレクチャーから始めてみたいと思います。ありがとうございました。

中原:ありがとうございました。

中原 阿里 (なかはら あり)

CLARIS法律事務所 代表弁護士(芦屋市) ラッセルコーチングカレッジ主催 コーチ(ICF国際コーチ連盟認定プロフェッショナルサーティファイドコーチ/PC...

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波戸岡 光太 (はとおか こうた)

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