行動と学習、自己管理のスキル

木葉:今回は、以前扱った「行動と学習」、「自己管理」というテーマについて、各論としてスキルの部分に焦点を当てて、実際の弁護士業務にどのように生かせるか、私からお話をさせていただきます。

【行動と学習】

まず、「行動と学習」についてのおさらいです。「行動と学習」のポイントは、弁護士業務との関係では、まず、依頼者に行動を促す関わりが効果的に働くことがあるということです。弁護士が依頼者に行動を促す関わりをして、依頼者ご自身が行動することが、依頼者の気付きにつながり、納得のいくプロセスを歩むことにつながることがあります。

「行動と学習」の次のポイントは、このように行動を促して学びを深める関わりをする弁護士のあり方として、弁護士自身が完璧で非の打ち所のない人間である必要はないということです。長所も短所もある一人の人間でよく、そのことが依頼者との良好な信頼関係をつくっていくことにつながると思っています。

最後のポイントは、弁護士自身も、失敗を恐れずに行動と学習のプロセスを繰り返すことで、弁護士自身も自分が理想とする弁護士のあり方に少しずつ近づいていけるということです。

「行動と学習」の具体的なスキルとして『コーチング・バイブル』では4つのスキルを挙げています。具体的には①「目標設定」のスキル、②「ブレインストーミング」のスキル、③「要望」のスキル、④「挑戦」のスキルを挙げています。このうち「目標設定」、「ブレインストーミング」のスキルについては、私は弁護士業務ではあまり活かしていない印象ですので、今回は「要望」、「挑戦」のスキルについて、後ほど見ていきたいと思います。

【自己管理】

次に、「自己管理」についてのおさらいです。「自己管理」のポイントは、弁護士業務との関係では3つあると思っています。まず「整える」こと、次に、「気付く」こと、3番目に、「立て直す」ことです。
最初の「整える」ことというのは「気付く」「立て直す」の前提として、弁護士自身が自分の体と心の状態を整えておくことが大事だということです。この整えることというのは、これまで扱ってきた傾聴、直感、好奇心、行動と学習、自己管理の全ての前提だと思っています。

これは私自身の経験ですが、自分自身の状態が整っていないときは、傾聴もうまくいかないし、その場で何が起こっているかにも気付かないし、効果的な認知――これは依頼者を肯定する関わりですが、効果的な認知のお声掛けもできないという、散々なご相談になってしまったことがあります。

自分自身の状態を整えるポイントとしては、自分のことをどこまで知っているのかということがあると思っています。何をすると自分の心が喜ぶのか、反対に、よくやってしまうけれども、本当は自分を大切にしていない行動はないのかなど、自分をよく知っていればいるほど自分の状態を整えやすいと思っています。

「整える」ことの次のポイントの、「気付く」こと、「立て直す」ことについては、この後に「立て直し」のスキルというスキルが出てきますので、そこで具体的にお話しさせていただきたいと思います。

「自己管理」の具体的なスキルとして『コーチング・バイブル』では7つのスキルを挙げています。具体的には①「立て直し」のスキル、②「許可取り」のスキル、③「核心」のスキル、④「励まし」のスキル、⑤「浄化」のスキル、⑥「視点転換」のスキル、⑦「区別」のスキルです。
この中で、最後のほうに出てきた「視点転換」のスキルは、これまでに扱った「俯瞰(ふかん)」のスキルと内容が重なる部分があります。そして最後の「区別」のスキルは、私が弁護士業務であまり活かしていない印象があるので、今回は視点転換、区別以外の5つのスキルを後ほど見ていきたいと思います。

【スキル】
それでは、具体的なスキルの話に移ります。まず、行動と学習のところで出てきた要望、挑戦のスキルを見ていきたいと思います。
要望と挑戦は、どちらも依頼者に行動を促す関わりです。依頼者に与えるインパクトが、依頼者の想定内の行動を促すものであれば要望になりますし、依頼者の想定を超えて、依頼者自身ができないと思い込んでいる行動を促すものであれば挑戦になりますが、弁護士業務との関係では、要望なのか挑戦なのかということは、あまり重要ではないと思っています。そのため、まとめて「要望・挑戦」として扱いたいと思います。

私が弁護士業務で要望・挑戦のスキルをどのような場合に活かしているかというと、例えば、以前、大門さんのレクチャーで出てきた例のように、配偶者からのモラルハラスメントがひどいので離婚したいけれども、子供が小さくて自分の収入も低いので、どうしていいか分からないというご相談を受けた場合があると思います。

このような場合に、弁護士として「では、養育費算定のために、双方の収入の資料を持ってきてください」と行動を促すことはよくあると思うのですが、これも一つの要望・挑戦です。これでご相談者が資料を持ってきてくださったときには、「お忙しい中のご準備は大変でしたよね。ありがとうございます」と、認知の関わりをしています。

そして、このような関わりの他にも、大門さんのレクチャーで出てきた関わりのように「これまで配偶者さんに対して、そういう言い方をされるととてもつらいので、そういうことを言わないでほしいと伝える機会はありましたか」のように聞いてみる関わりをすることもあります。その結果、「そのような機会はありませんでした」という場合は「では、まずはお話ししてみることで何か見えてくるものがあったり、今後の方針を整理していくことにつながるかもしれませんよ」と、行動をやんわりと促すこともあります。

他にも「〇〇さんがここまで悩んでいらっしゃることを、ご親族にご相談したことはありますか」と聞いてみて「いいえ、両親には言えていないのです」という場合は、「では、まずはここまで悩んでいらっしゃることを話してみて、もしも離婚した場合にサポートしていただけるかどうかご相談してみてはいかがでしょうか。何か見えてくることがあるかもしれません」と促すこともあります。私はどちらかというと関係構築の最初の場面などでは、強めに行動を促すよりも、やんわりと促すことのほうが多いです。

次に、自己管理のところで出てきた「立て直し」のスキルを見ていきたいと思います。「立て直し」のスキルは、弁護士業務との関係では「気付く」「立て直す」の2つのステップからなると思っています。
まず「気付く」のステップは、具体的には、弁護士の意識の矢印が依頼者に向いているのか、弁護士自身に向いているのか気付くことです。次の「立て直す」のステップは、具体的には、もし弁護士自身の意識が依頼者ではなくて自分に向いていると気が付いた場合に、立て直して意識を依頼者に向くようにチューニングするということです。

例えば、以前の大門さんのレクチャーでは、弁護士自身は子供を保育園に預けた経験があるが、依頼者は子供を保育園に預けるのはかわいそうだと思っている例を紹介していただきました。このような場合、私の思考回路としては、今、自分の意識が自分に向いているなということに、何となくざわざわする感覚で気付いた後に、弁護士と依頼者の価値観の、どちらの価値観が正しいのかということを白黒付ける必要はなく、違う価値観を持っているのだという、そのこと自体を受け止めます。そして、どちらの価値観も否定する必要はないのだ、として「手放す」という思考回路をたどります。つい、自分の価値観と違うと、そのことだけで自分を否定されたようにとっさに感じてしまうこともありますが、そこはどちらの価値観も否定する必要はないと、自分の中で調整しています。立て直しの方法を自分の中で幾つか持っておくことは大事だと思っています。

次に、「許可取り」のスキルです。許可取りのスキルは、初めに「何々させていただいてよいですか」のように許可を取っておくことで、その後の関係性を良好にするスキルです。このスキルを使うことにより、依頼者を一人の人間として尊重しているという意識が伝わると思っています。
許可取りのスキルはかなり頻繁に使っています。例えば離婚事件や相続事件で、関係者の方の大半が同じ名字ということはよくあります。そのようなときに「関係する方の名字が同じなので、〇〇さん(依頼者)のことを、下のお名前でAさんとお呼びしても構いませんか」と、初めに許可取りをしています。
これをせずに、以前はいきなり下のお名前でお呼びしているときもあったのですが、その後、ご相談者によってはもしかしたら、なれなれしいなと違和感を覚えたり、その違和感を弁護士に伝えることができなくて、もやもやしたりしてしまう方もいるのではないかと思ったことから、そうしています。

次に、「核心」のスキルです。核心のスキルは、お話が幹というよりは枝葉の部分にいってしまっている場合に、中心となる幹の部分に引き戻す関わりです。例えば、私の場合、ご相談者が今までお辛かったことをかなり詳細にお話ししていて、切れ目がなくなっているような場合に「〇〇さんにとって、これまでの出来事の中で、これが一番辛かったということを教えていただけますか」というように、焦点を絞るお声掛けをして、幹の部分に引き戻す関わりをすることがあります。

次に「励まし」のスキルです。励ましのスキルは、認知のスキルが依頼者を肯定する関わりであるのに対して、励ましのスキルは依頼者の肯定を超えて、応援、後押しをする関わりです。例えば私の場合、「〇〇さんはこれまでおつらい中、本当に頑張ってこられましたね」という認知の関わりの後に「〇〇さんなら最後までやり抜けますよ」という励ましの関わりをすることがあります。

次に、「浄化」のスキルです。浄化のスキルは、依頼者の中にあるものをいったん出していただく関わりです。例えば、依頼者のお話の切れ目がなくなっているような場合や、同じお話を繰り返しお話しくださる依頼者の場合、深層に辛い感情に共感してほしいというお気持ちがあって、浄化を必要としている場合があると思っています。
浄化のポイントは、ただお話を伺っていればよいかというとそうではなくて、本当に必要としているのは依頼者への共感や認知だと思っています。なので、依頼者が本当に分かってほしい感情は何なのかということに意識を向けながら傾聴して、依頼者の中にあるものを出していただく。その後で、依頼者の感情に共感をして、ここまで頑張ってこられた依頼者を肯定するという関わりをしています。

以上、スキルの説明をさせていただきました。この中で、私があまり使っていないものとして省略してしまったスキルにつきましても、もしご経験がありましたら、ぜひいろいろ教えていただけるとうれしいです。ありがとうございました。

波戸岡:木葉さん、ありがとうございます。
今回もスキルを中心に、焦点を絞ってご説明いただきました。要望のスキルでは、やんわりと促すというように、木葉さんなりにかみ砕いて説明いただき、立て直しのスキルでは、これさえあればというよりも、幾つかのスキルを持っておくことが大切だというお話でした。
それから許可取りのスキル。これは特にお名前を呼ぶときに、実際に許可取りをしてから呼ぶという、実務に生かせる場面の話をいただきました。
核心のスキルでは、これも枝葉や幹という例えを用いて、幹の根幹の部分に戻していくという話をしていただきました。
次は励ましです。認知を超えて応援していくということをお話しいただきました。
依頼者の行動と自己管理。私たち自身の在り方も整えていくという流れでお話しいただきました。ありがとうございました。

さて、コーチング・バイブルの中に、「コーチは自分が出したアイデアにこだわらない」という記述がありますが、この点はいかがでしょうか。

中原:こちらから何らかのアイデアや意見を出して、それをいわばたたき台としてもらうということですよね。そのたたき台の意見に対して、ご本人がどう感じるかは自由なわけで、「違う」とか、「それや嫌だから、こうしたい」などと思ってくれれば、一つの進歩だと思います。弁護士が何かの提案をしたとしても、その意見自体を採用するかは本人が決めること。ひとつの思考のステップとして、提案が有効に機能することがあると思います。

波戸岡:なるほどです。ところで、依頼者が何度も同じ話を繰り返してしまうことはしばしばありますが、このことと共感とはどのように関係しそうでしょうか。

木葉:依頼者が同じお話を何回もされるという経験はありますが、私自身についても、私が同じ話をしながら、「私、以前もこの話をしていなかったかな」という経験をしたことがあります。その時私は、「私は共感を必要としているのだろうか」と、ただ吐き出して聞いてもらいたいというよりは、共感してもらいたかったのだな、と自分自身に気付いたこともあります。

中原:「繰り返し」というのは、心理学的に重要な意味があると思います。自分の心の中にある、いびつな記憶を何度も口にすることで、それに対する精神的なショックをやわらげるといった作用です。同じ夢を繰り返し見るのも、そういう作用だと考えることができます。
ですから、自分にとってつらかった事実を、安心安全な状況で繰り返し話すことができる、つまり、非難されずに弁護士に聞いてもらえるということが、話し手にとってとても大事だろうと思います。その点からも、つらい気持ちや引っ掛かりについて丁寧に聴く、繰り返し話してしまうほど、この人にとっては大変なことなんだと受け止めることがポイントだと思います。

波戸岡:ありがとうございます。それから、「許可取りのスキルは、コーチが自己管理している証にもなる。あなたが聞くことで、クライアントは尊重されている」という記述がコーチング・バイブルにありますね。

木葉:許可取りのスキルは、色々なところで使える可能性を秘めていると思っています。私が挙げたのは名前についての許可取りの例でしたけれども、例えば初対面の人に、今までこんなひどい体験を受けたとか、こんな深刻な経験を受けた、こんな被害に遭ったと、すらすらと話せるほうが少し特異な例だと思うのです。ですので、私もご相談者にとってセンシティブな領域に入っていくと思ったときに、「これから、少しこれまでのお辛い経験について、初対面なのですが聞かせていただく必要があるのですが、よろしいでしょうか。申し訳ありません」というような配慮をすることがあります。弁護士の側で、相談者は弁護士のところに相談に来ているのだから、デリケートなことも話せて当たり前、のような意識を持たないことは、大事だと思います。

波戸岡:許可を取ったからいい、というだけではなくて、それがクライアントにとって、自分は尊重されているのだなという効果もあるというのは、大きな発見ですね。大門さん、いかがですか。

大門:皆さんのおっしゃっていることを、確かにそうだな、と思って聞いていたのですが、また少し違う角度からコメントさせていただきますと、クライアントさんに、少し厳しいことだけど、愛を持って伝えるべきことがあるようなときに、甘口、辛口、中辛のどれがいいか聞いたりします。これは相当な信頼関係が構築できていないと難しいとは思いますが笑。「今日はあなたに伝えたいと思っていることがあるのだけれども、どれがいいですか」みたいな感じで聞いたりしています。「では、辛口でお願いします」と言う人もいるし、「今日はメンタルが弱っているので、甘口でお願いします」のように言われることもあります。

そういうふうにすると、クライアントさん自身が、自分で選んだ、ということにも繋がっていくように思います。クライアントさんに対しては、ときに厳しいことを伝えなければいけないこともあると思うのです。それは愛があるからこそ伝えるという事だと思っています。それをどう伝えてほしいかというようなことを選んでもらうこと。これも許可を取るということの一つなのかもしれないと思って聞いていました。

波戸岡:厳しめ、普通、柔らかめ、優しめ、などとメニューを示すのですね。

大門:そういうことです。こういう聞き方をすると少しユーモアが伝わると思います。怒っているのではないということや、ただ不満があるから伝えたい話ではないということも、何となく相手の方に理解してもらえるようにも思います。こちらも覚悟を持って、大事なことだから伝えたいと思っているということが、少しまろやかに受け取ってもらえるかなという気持ちもあります。

波戸岡:ところで、「許可取りのスキルはコーチが自己管理をしている証にもなります」という記述もありますが、この点はいかがでしょうか。

大門自己管理ができている状態というのは、今この話をしているの時間が、全てクライアントさんのためのものであるということに聴き手が自覚的になっているということだと思うのです。そして、話をただただ進めてしまうのではなくて、合意を取り許可を取って進めていくというのは、クライアントさんのほうに意識が向いていて、聴き手がクライアントさんのための時間であることに自覚的であるという状態だと思います。これは自己管理ができているという証なのではないかと思います。そういう意味で記載されているのかなとも思います。

波戸岡:今聞いていてふと思い出したのですが、家事調停が始まるときに、調停委員がよく「では調停の説明をします。まず、これは話し合いの場なので、歩み寄りが必要です」といきなり言い聞かせようとするところから始まることがあり、そこってなんだかカチンときちゃうのですよね。これから話をするぞ思って望んでいるのに、、、これも自己管理の問題ですかね。
次に、弁護士からの提案や要望ですが、依頼者には具体的にどのような言葉を使いますか。

木葉:お声掛けの仕方として、こういうやり方がありますよと、やってみたらいかがですかといったこともあるのですが、「これだけではないから、何か今、ふっと、全然根拠はなくてもいいのだけど、思い浮かぶことがあったら一緒に考えてみませんか」と促してみたり、依頼者さんから出してもらったりすることも、そういえば結構あります。
なので、自分の提示したものに「はい」か「いいえ」かだけではなく、「その他にもきちんと選択肢がある」ということを添えておくことを、そういえばやっています。

中原:すごく興味深いですね。要望というと、弁護士側が、依頼者から無理な要望をされたときに、どうやって断るかが気になるところだと思います。弁護士から見ると、明らかに不利になるような無理難題を求められたときに、それをどうやって依頼者に伝え、断るか、という観点ですね。これは、弁護士によくある悩みだと思います。
一方で、そもそも、わたしたち弁護士は、依頼者の要望をきちんと聞けているのだろうか? 依頼者さんの要望を、弁護士はちゃんと理解しているのだろうか?という視点が先に来ている点がポイントだと思って聞いていました。

そして、選択肢を出すために重要なことは、依頼者を信じてたずねることだと思うのです。先ほど木葉さんがおっしゃったとおり、「他にも方法があるかもしれません」とか「ご自身の経験に照らすと、今までを振り返るとどうですか」などですね。
例えば、夫とうまく話ができないという妻が依頼者だったします。で、人は過去に、似たような場面は必ずあったはず、なんとか乗り切ってきた経験を必ず持っているはずです。それを信じて、「今までに、一度でも、ご主人ときちんと話ができたことは何かありましたか」「今まで、もしかして似たような場面があったとしたら、どのように対応されましたか。何か少し思い出せますか」などと、根気強くたずねてみるということだと思います。

波戸岡:弁護士からの要望、依頼者からの要望、それらがどううまくかみ合うようになれるか、とても興味深いです。
それから、「クライアント自身が後でそれをやったどうか確認できるよう具体的かつ測定可能な要望をした上で、それに対するクライアントの決意を最後に質問の形で問う」という記述もありますね。
弁護士業務でいうと、よく「収入状況が分かるものを持ってきてください」とか「経緯が分かるものを持ってきてください」というお願いをすることがあります。けれど、“分かるもの”と言われても具体的に何を指すのかが分からない、そうではなく、「預金通帳を持ってきてください」とか「戸籍謄本を持ってきてください」と具体的に示すことで、要望された側もすごく楽になるというのはあると思います。
大門さんはお願いするときに意識していることとかありますか。

大門:少し外れた話になってしまうかもしれませんが、今考えていたのは、これは弁護士のクライアントさんというよりもコーチングのクライアントさんのときに、クライアントさんが要望されたことを実際にできたなかった場合でも、「ではどうしてできなかったのでしょう」というかかわりをしていることを思い出していました。
弁護士業務の場合には、お願いしたものの準備をしていただけないと相当に困るのですが笑、コーチングの場合は、できなかったときも「なぜそれができなかったのか」ということを、一緒に考えていくようなことをしたりしているかなと思います。

波戸岡:一緒に考えていくのはいいですね。私は顧問先の社長さんと、トリガーミーティングといって、月に1回、10分間の電話ミーティングをしています。
「別にトラブルはないのですが」と最初は仰られたりもしますが、「でもきっと考えていることはありますよね」と言って、10分間だけ話をします。
「今、どんなことが課題だったりテーマになっているのですか」と私が尋ねると、「いつか新しいビジネスをしたい」とか「自分もいつかプレーヤーからマネジャーになりたい」「社員が自分たちで考えられるように成長してほしい」など、大事だけれども緊急ではないテーマがたくさん出てきます。
それに対して「実現したらオフィスはどんな風景になっていますか」「それはいつまでに実現するのですか」と私が尋ねていき、「具体的に何から始めましょうか」「今月、それやってみませんか」と言って、次の行動につなげていきます。
そして「では来月、またこの時間に電話するので、やってみた感触を教えてくれますか」。「別にできなかったら、それはそれでいいのです」みたいな感じです。思っていることを言葉にし、自分で言ったからにはやってみようという行動に伴走するイメージです。

中原:それを毎月1回やっていらっしゃるのはすごいと思います。さらに、コーチ側からクライアントさんへの信頼に基づいた要望がある点がいいなと思います。
こんな風に、要望のスキルは有効に使えると思います。今のような模範的な例も素晴らしいと思いますし、また、依頼者さんを、事件に主体的に関わっていただく必要があるときにも使えると思います。いわゆる丸投げのようなやりとりとか、事件の終了時に「弁護士さんに言われたから、そうしました」みたいに言われて弁護士がガックリするというのはよく聞く話です。そうならないためには、わかりやすい要望を適切にご依頼者に出すという点で工夫のしがいがあると思います。

実際、弁護士は、依頼者に資料を用意してもらう場面がたくさんあると思いますが、そのたびにきちんと感謝を伝える、そしてこちらがちゃんとそれを認識しておくことです。そういうことを積み重ねていって、最後に「あなたがあの資料を出してくださったから、そういうことの積み重ねで、こうやって事件が解決できましたね」と言えるための布石を置くという感じです。このように、要望というか、小さなお願いは、あえて無理のない範囲で率直に伝えて依頼者とのやりとりを維持するようにしています。

波戸岡:ていねいに要望を伝え、それに応えてもらったら、しっかりとねぎらうというのは素晴らしいですね。
それから、立て直しのスキルについてはいかがでしょう。

木葉:立て直しのスキルでは、自分の中で調整するというやり方もあれば、それを外に出してみるという調整の仕方ももちろんあります。外に出す場合は、「相手に伝えてみる、ただ伝え方は工夫する」、というやり方の、工夫のパターンを、何個か持っておけばおくほど楽だと思います。私もそれを探しておいたほうがいいな、と思っています。

これは「立て直し」とは少し毛色が違うかもしれませんが、私の経験で、初めてのご相談者から「今日しか予定が取れないのだけれども、何とか今日ご相談を入れてくれませんか」と、ご連絡をいただくことがあります。以前はそのようなときに、無理やり「せっかく電話してくれたのだから、何とか調整しないといけない」と思い、当初の自分の予定との兼ね合いで、どうしよう、と思いながらも何も言わずに調整していました。

ただ、最近は、そこを少し違うやり方をしてみようと思って、電話をかけてきてくださったことについてはお礼を言いつつ、その後に、率直に「今日は、実はこの後にこのご予定が入っていて、どうしてもこの後は難しいのです」、「せっかくお話をおうかがいさせていただくのであれば、もっとじっくりとお話をお聞きできるところで、日程調整をさせていただきたいのですが」とお伝えするようにしました。そうしたら意外とうまくいくことが多かったので、私の中に、「ご相談者からご要望があったら当日中で調整しなければいけない」という思い込みがあったことに気が付きました。自分の中に、少しざわざわしたものを感じたときの調整の仕方を試してみた、という経験として、共有させていただきます。

波戸岡:ありがとうございます。もっと対話していきたいのですが、お時間が来たので、今日はいったんここまでとしたいと思います。『コーチング・バイブル』は、一人で読むだけだとするっと通り過ぎてしまうところもありますが、立ち止まって、皆さんとお互いに経験していることや気付きをシェアするのは本当に貴重だなと思います。

大門 あゆみ (だいもん あゆみ)

法律事務所UNSEEN 代表弁護士(東京・港区) コーチ(CPCC資格保有者:米国CTI認定プロフェッショナルコーチ) ❖企業法務を中心に、相続、夫婦問題に...

プロフィール

木葉 文子 (きば あやこ)

太田宏樹法律事務所(札幌市) パートナー弁護士 コーチ(CPCC資格保有者:米国CTI認定プロフェッショナルコーチ) カウンセラー(JDAP認定メンタル心理...

プロフィール

中原 阿里 (なかはら あり)

CLARIS法律事務所 代表弁護士(芦屋市) ラッセルコーチングカレッジ主催 コーチ(ICF国際コーチ連盟認定プロフェッショナルサーティファイドコーチ/PC...

プロフィール

波戸岡 光太 (はとおか こうた)

アクト法律事務所 パートナー弁護士(東京・港区) BCS認定プロフェッショナルエグゼクティブコーチ (一財)生涯学習開発財団認定マスターコーチ ❖中小企業と...

プロフィール

関連記事一覧