傾聴のスキル
木葉:今回は、以前扱った「傾聴」というテーマについて、各論のスキルの部分に焦点を当てて、実際の弁護士業務にどのように生かしていけるのか、私からお話をさせていただきます。
まず、おさらいとして、傾聴には3つのレベルがあります。レベル1の「内的傾聴」、レベル2の「集中的傾聴」、レベル3の「全方位的傾聴」です。依頼者との時間を真に実りあるものにするためには、レベル2の集中的傾聴、レベル3の全方位的傾聴をしていく必要があるというのが、この前の総論でのお話でした。
レベル2の集中的傾聴とレベル3の全方位的傾聴をして、依頼者の表層だけではなく深層にあるものに気付くためのスキルとしてどのようなものがあるかというと、『コーチング・バイブル』によれば5つのスキルを挙げています。具体的には、「反映」「明確化」「俯瞰(ふかん)」「比喩」「認知」の5つです。これから1つずつ見ていきたいと思います。
まず1つ目が「反映」です。反映は目の前で起こっていることを評価や判断をせずに、そのまま伝える関わりです。評価や判断をしないところがポイントだと思っています。具体的には、依頼者が混乱して呼吸や話す速度が速くなりとても辛そうに見えるときに、私は例えば、「○○さん、呼吸が速くなっているようなので、いったん一緒に深呼吸をしましょうか」とお声掛けをすることがあります。指摘されるまで、依頼者自身は呼吸が速くなっていることに気付いていないかもしれませんし、気付いていて落ち着きたいと思っていても、自分ではなかなかできない状態かもしれません。初めてこのような関わりをした時は、「こんなことを言って、変な弁護士だと思われないか」と思いました。でも、逆の立場であれば、むしろ「自分のことをきちんと見て、自分のために言ってくれたんだ」と思っていただけるのではと考え直して、今ではこのような関わりをするようにしています。
2つ目が「明確化」です。明確化は、一緒に整理していく関わりです。例えば弁護士業務でいえば、依頼者が話すときに混乱していて、実際に起こった事実と自分の意見や感情などが交ざった状態で話すことがあると思います。依頼者は、大抵これまで誰かが一緒に状況を整理してくれるという体験をしていません。そのようなときに私は、例えば「○○さん、一つ一つ一緒に整理していきましょうね」とお声掛けをして、今まで自分だけで整理しなければと無意識にがんじがらめになっている依頼者に安心していただく関わりをしています。
3つ目が「俯瞰」です。俯瞰は、依頼者の視野が目の前の一定の範囲にのみ向いているときに、さらに広い視野に目を向けられるようにする関わりです。例えば、長期化している事件で依頼者がもう諦めて、「相手の要求どおりにしたほうがいいのでしょうか」と、力を失っていることがあるとします。そのようなときに私は、まずは依頼者の辛い気持ちを受け止める関わりをした後に、「終わらない事件はありません。今辛いと、この状態が未来永劫(えいごう)続くような感覚になりますが、必ずいつかは終わります。一度に全部抱え込まないで、一緒に一つ一つ整理していきましょう」と、依頼者の視点を現在から未来に持っていくという関わりをしています。
4つ目が「比喩」です。比喩は、イメージを通じて理解を促進する関わりです。例えば、私は複雑化している事件のときに、「絡まった糸をほどいていくように一つ一つ整理していきましょう」という表現をすることがあります。専門家の話が分かりにくいことはよくあるので、比喩のスキルは色々と試してみて、積極的に取り入れたいと思っています。比喩については、私は、今後改善の余地が沢山あると思っています。
そして5つ目が「認知」です。認知は、その人そのものを肯定する関わりです。大抵の場合、依頼者は相談に来るという初めの場面から勇気を振り絞って来てくださっています。また依頼後も、依頼者にとっては仕事や私生活がある中で、必要な資料を弁護士に送り、打ち合わせに時間を取り、自分の中に不安な気持ちがあればコントロールし、事件終了までの間、依頼者はさまざまな努力を、弁護士から見えないところでもしているのが通常だと思います。真摯(しんし)に人生に向き合って、弁護士と一緒にチームとして共に歩むという依頼者の姿勢は、弁護士が気付かず、何も配慮しなければ、当たり前のこととして誰からも気付かれず、肯定されないこともあると思っています。なので、私は依頼者を肯定して勇気づけるという認知の関わりは、弁護士も意識的にしていき、多過ぎると思うぐらいでちょうどいいと思っています。
私の場合は、例えば初めて弁護士に相談に来たという依頼者には、「人生の中で弁護士に相談することはめったにないので緊張しますよね」というように、共感する関わりをした後で、「今回は勇気を出してご相談に来てくださって、本当にありがとうございます」とお声掛けしています。依頼者が、自分には不利な出来事で本当は話したくないけれども、うそをつかずに話してくださったときは、「なかなか弁護士にお話ししにくい内容だと思うので、口にするのに勇気が要ったと思います。そこを、本当のところを教えてくださって、ありがとうございます」と、お声掛けをします。
以前、認知の肯定的な関わりを意識的になるべく使うという実験をしてみたことがあります。それをやろうとすると、依頼者にレベル2、レベル3で傾聴していないと、なかなか認知ができないということが分かりました。
以上、ざっとスキルの説明をさせていただきましたが、今回の事前準備をする中で、私自身が依頼者にどのような関わりをしているか、どのようなスキルを生かしているかを見直してみる良い機会になりました。ぜひ皆さんもいろいろと試していただいて、教えていただけるとうれしいです。簡単な説明ですが、以上です。
波戸岡: ありがとうございます。5つのスキルの解説と、それらを日々の依頼者との接点でどう生かしているかというお話を頂きました。
まず、明確化のスキルについて、コーチング・バイブルでは、「クライアントが『そう、そうです』または『いいえ、そうではなくてこうです』と、はっきり言えるようになることが目的です」という記述があります。
よく、「こういうことですか」と自分なりにまとめて質問すると、「違います。何を聞いていたのですか」と言われてしまうのではないかと不安になってしまって結局聞けなかったということもあるかと思います。
でも、「違います」と言ってもらうことで、お互いに意識も合わせられるし話を進めることもできるということもありますよね。
これが明確化の目的であり成果なのでしょうけれど、この点はいかがでしょうか。
木葉:弁護士は解決するのが仕事ということがあるので、まず、弁護士には、弁護士が自分で整理してあげなければならないという思いがあると思います。でも、最終的に整理されて明確になればいいわけで、それは弁護士と依頼者が共同作業で一緒に一つ一つ整理していけばいいと思っています。私も波戸岡さんがおっしゃるとおり、依頼者が「いいえ、そうではなくてこうです」と教えて下さることが、整理していく一つのステップだと思っています。
波戸岡:中原さんは、このステップに関して、いかがですか。
中原:はい、ここは本当に大切だなと改めて思いました。相談者さんは、われわれ弁護士が思うよりも、遠慮されていると思います。本当は言いたいことがあるけれども、そのすべては言えていません。私たち自身も、普段の会話で、少し違うんじゃないかな?と思いながら、「まあ、そうかな」と口では言ってしまう、そういうやりとりが結構あると思います。その現象が、弁護士と依頼者の関係ではより強く出る可能性があります。このような、いわばコミュニケーションロスを解消するためには、弁護士側から積極的に整理し、明確化していくことが大事だと思います。例えば、できていることに注目する人と、できていないことに注目する人など、人にはいろいろな視点の偏りがあると思うので、それも明確化を意識することで、むらなく共有していくということだと思います。
波戸岡:ありがとうございます。「こういうことですよね」と、こちらがまとめてしまって「はい」というやりとりではなくて、「こういうふうに聞こえましたが、合っていますか」「こういうふうに感じましたが、いかがですか」と言って自分なりの整理を伝えることにより、「違います」や「そうです」などというやりとりがあり、その「プロセス」に意味があるということですよね。
中原:そうですね。「少しでも違うかなと感じたら、遠慮なく言ってくださいね」などと言ったりします。
波戸岡:大門さん、明確化のところではいかがですか。
大門:「そうではない」ことに気付くことも大切で、それが整理の一つだと思います。だから、自分が反映したことが合っているのか間違っているかどうかはあまり関係がなく、そういう意味で「違うことが分かった」という気付きが起きたことにも意味があると思いました。
波戸岡:次に、「反映」のスキルは、評価や判断を加えずにというところがポイントでしたね。コーチング・バイブルには「反映のスキルは、あたかも幾つかの点を結んで1枚の絵を作るように、クライアントが行ったこと、行わなかったことを総合するとどのような真実が浮かび上がってくるかを、クライアント自身が見えるようにサポートするためのスキル」という記述があります。
実際に反映のスキルを使うと、どのような会話になりそうでしょうか。
木葉:先ほど私は、呼吸が速くなって話す速度が速くなっている依頼者という例を挙げました。今までお声掛けをした結果としては、皆さん「そうですか」と応じて深呼吸してくださっていて、「いいえ、必要はありません」という方はいませんでした。依頼者からすれば弁護士からの問いかけを断りにくい、というのがあるかもしれませんけれども、私が拝見した限りでは、依頼者はそこで少し一回クールダウンして、その後は話す速度が落ち、冷静さを取り戻しつつあるという感じに見えました。
ただ、今までそういうお声掛けをしてみましたが、「どうでした?」というフィードバックを頂いたことはなく、こちらも集めにいったことはないので、実際のところを聞いてみようかと思います。私の場合は逆に相手から「呼吸が速くなっているようにみえますよ」、ともし言われたら、「自分でも気付いていないうちにあせっていたのかな」と気付くきっかけになるだろうな、と思って採用しています。
波戸岡:私たちの働き掛けの仕方として反映がありつつも、逆にクライアントから反映してもらうこともあり、まさにそれこそ伴走ですよね。フィードバックをもらうという言い方もありますけれども、それも面白いですね。
中原さん、反映のスキルについてはいかがですか。
中原:かなり使うかもしれません。フィードバックやバックトラック、一般用語で言うとおうむ返しとか、客観的フィードバック、主観的フィードバックなどが、いわゆる「反映」にあたると思っています。例えば、「今、30分お話を聴いた中で、7回『つらい』とおっしゃいましたよね。」などです。本当に7回だったかどうかはさておき(笑)、そのようにお伝えすると、ご相談者さんは、「そうでしたか。私は、そんなに、つらいって言いましたか」とおっしゃるわけです。さらに「本当にお子さんのことを大事に思っていらっしゃるのが伝わってきました」など、これは、聴き手である私が主語になっているので、主観的フィードバックにあたります。そういったやり取りの中で、クライアントが、少し一息つかれて安堵(あんど)されることがあります。
それから、エピソードとしては、依頼者の方から、事件の終了時点で、「先生、初めてお会いした時、先生は『それは大変でしたね』と、4回言ってくださいましたね。それで私たち夫婦は、救われたんですよ」と言われたことがありました。逆にフィードバックされたわけですが、それで一気にしみじみとした雰囲気が増したことがあります。
波戸岡:反映はある意味でフィードバックとも重なるということですね。
フィードバックというのは鏡のようなことで、今の中原さんの話にあった、客観的フィードバックと主観的フィードバックがあり、それは評価とは異なります。私たちはつい「あなたは怒っていますね」「あなたはこうですね」というふうに評価してしまうことが多いですが、評価をしてしまうと「『あなたは』と仰りましたが、実際は違いますよ」というふうになり、あまり話が発展しません。そうではなくて、フィードバックでは起きたことや見えたことを、ありのままに口にします。
中原さんが今、「『つらい』と7回言いましたね」と、これは実際にそう言ったことで、別にそれはいいも悪いも全然言っていなくて、そういうことが起きました、ということを伝えるのが客観的フィードバックです。主観的フィードバックは、「あなたがつらそうだと、私は感じました」という、自分の気持ちを出すものです。実際にあなたが何回言ったかということは真実ですし、「あなたがつらそうだと、私は感じました」ということは、本当にあなたがそういう気持ちかどうかは分からないけれども、私がそう感じたことは事実です。この2つに関しては、聞いた人が「そんなことはありません」ということはなくて、「そうなのですね」という気付きがあり、まさに反映になってきます。反映が持つ力はすごく大きいですね。
中原:まさに、相手が主語になるYOUメッセージか、自分が主語になるIメッセージかということです。そして、Iメッセージを伝える際には、相手に対する承認的な、認知的な思いが鍵になると思います。
波戸岡:大門さん、反映のところはどうですか。
大門:今の皆さまのお話を聴いていてひとつ思い出したことがあります。笑いながら辛いお話をされる方にお会いしたときのことです。「今、とても辛い話をしていただいていますが、笑顔でいらっしゃるのですね。」と反映をします。そうした反映をしたことで、ご本人が「はっ」とされたご様子であったことがあります。
コーチングも対話もそうですが、自分の顔は自分で見えませんよね。反映というのは、自分の顔がどうなっているかは鏡を見ないと分からないので、それを見せてあげる作業でもあると思います。自分は辛い話をするときに笑顔になる習慣があるということに気付かれる方もいると思いますし、そこから私は、この方は辛いときにいつも笑顔で乗り越えようとされてきた方なのではないか、そうして今まで頑張ってこられた方なのではないかということを感じます。そしてまた「今までこうして頑張ってこられたのではないかと感じました。」と感じたことをお伝えします。
一方で、「無理をしていらっしゃるのではないか」と感じた場合に、それをお伝えすることも反映の一つかもしれません。何が正解ということはないですが、悲しみを悲しんでもいい、辛いことを辛いと感じてもいい、それをご自分に許可を出してもいいということも、自分を大事にする一つの方法かもしれないと思います。
波戸岡:ありがとうございます。今、大門さんがおっしゃったように、自分はそう思った、そう見えたのであれば、それは私にとってうそでも何でもなく正しいことですし、別に正しくなくてもいいということなのですね。
それから、俯瞰というスキルについて、「俯瞰はコーチ自身が、高い台の上に立ってクライアントの人生に起きているあらゆることを見渡しているイメージで捉えることができます」という記述がありますね。
俯瞰では視点を切り替えることにより、同じものでも全然見え方が違ってくるというとことがありますよね。この点は木葉さんの解説の中でも、視点を現在、未来と変えるという話もありましたけれども、いかがですか。
木葉:例えば、夫婦間の事件等、双方に代理人がついている状態でも熾烈(しれつ)な対立がある事件の場合、事件が終了になってもお子様の関係で双方の関係が断絶とはならず、続いていかざるを得ないことがありますよね。このような場合、本来は双方に代理人がついている間に、事件終了後のことを見据えて、少なくとも事件終盤ころまでの間には双方本人同士の連絡の取り方のトレーニングをしていった方が望ましいと思っています。ただ、なかなかご本人は、熾烈な対立がある分、そこまで目が向きにくいことがあるので、「いつかこの事件は終わって、双方の代理人が抜けます。その時のために、双方の代理人が付いている今の段階でトレーニングを少しずつしていったほうが、後々のために楽になれると思います」と視点を現在から未来に持っていく関わりをすることがあります。
波戸岡:中原さんは、俯瞰については、いかがですか。
中原:本当にそうだと思います。ここでは、質問を繰り広げる力が試される場面でもあると思います。質問の自由な力を借りるという感じです。どういうことかというと、例えば今、木葉さんが、「私たち代理人が降りたら」、あるいは「この事件が終わったら」という視点、これは未来の時点に依頼者を誘っていますよね。それから、「これまでは苦労しましたよね」、「このような経験はありましたか」などと質問するのは、過去に視点を移しています。人は質問されると、質問の中で起きている状況を想定し、自然と答えを探すので、いわば質問ひとつで、30年前にさかのぼることも、2年後の未来を体感することも、可能なわけです。ただ、依頼者は往々にして、過去にとらわれたり、現在のことに必死だったりして、未来を見ることが極めて困難です。一次的に視野が狭くなってしまっているのです。そこで、多角的な視点を持っていただけるような問いを、弁護士側が数多くご用意すること、それを適時にお伝えすることで、その人だけの未来、私の好きな言葉でいうとウェルビーイングな世界が絶対にあると思います。
人にはその人なりの真・善・美があり、そうありたいと思っているはずという覚悟のようなものを聴く側がしっかりと持っておくこと、そうすると。いろいろな問いが生まれて、自然と二人の目線が同時に高く上がっていくのだと感じます。
波戸岡:なるほど、ウェルビーングな世界という言い方をするのですね。
大門さんは、俯瞰について、いかがですか。