アクティブリスニング/4つの神器(姿勢、視線、表情、うなずき)
中原:弁護士は説明したがりなことが多いですが、それ以上に、依頼者の話をしっかりと聴くことが大事です。傾聴したり承認したりする中で、依頼者の納得感を形成していけるからです。それが依頼者の安心感や幸せにもなりますし、結果として、いい終結につながっていくだろうと思います。
そこで今日は、弁護士が依頼者の話を聴き、承認するというときに、いったい私たちは互いに何を受け取り合っているのか、ということから説明したいと思います。
ここで押さえたいのは、人のコミュニケーションは、話し内容から受け取るメッセージはわずか3%程度で、残りの97%は、言葉以外のところ、つまり、ノンバーバルメッセージで行われています。したがって、その97%をどうコントロールするかによって、コミュニケーションは全く変わり、そこを押さえるのが4つの神器です。具体的には、 ➀姿勢、➁視線、➂表情、④うなずき・相づちです。
まず1つ目は姿勢と位置です。姿勢と位置は、私たちにとってセットアップの意味を持っています。位置と姿勢を整えることによって、「今からこの人に向き合います、あなたに向き合います、この人のための時間を始めるぞ」というメッセージが生まれます。
したがって、きちんと姿勢を整えて相手に向き合うことが重要です。これは、例えば職場でも、後輩の話や事務局さんの話を聴くときに、姿勢や位置を意識せずに、パソコンをのぞき込んだまま、いわゆる「ながら聞き」をすると、相手から信頼を得られないことになるのと同じです。
2つ目は視線です。視線を合わせることは、相手を受容しているという意味があります。きちんと目と目を合わせることで、「この瞬間、あなたを最優先しています」というメッセージが届くのです。
視線とは、黒目の向きのことですが、人間は他の動物と違い、黒目と白眼のコントラストがはっきり見えます。これは、視線の方向がすぐにわかるということで、他の動物には見られないことです。つまり人間は、視線によってコミュニケーションを行う特殊な構造を持っています。私たちにとって、目線をコントロールすることは、重要なコミュニケーションなんだと心得ておきたいところです。
3つ目の表情も、私たちはずいぶんと大きなコミュニケーションをしていますよね。相手がほほえめばホッとしたり嬉しくなったり、逆にしかめっ面をされると、喋ることが嫌になりますよね。これは、視覚的に得られた表情のメッセージを脳がとらえて、不安や恐怖、安心などが感じられるためです。微妙なちょっとした眉間の動きや口角の変化を、人間は敏感にくみ取り合って、その後の行動を選択しているのです。この表情一つが与えるメッセージがあまりにも大きいので、人はそれを見て疲れたり察したりいろいろするわけです。
ですので、話を聞いているときに弁護士の表情によってお相手に与えている影響はとても大きいものがあります。思わず首をかしげる、あるいは無表情になってしまうなど、そういう不安や不快な表情を与えるだけで、脳の扁桃体が活性化して相手は不安になったりネガティブな気持ちになったり、この弁護士は本当に信頼できるのかという気持ちになってくるのです。
弁護士のところに相談に来る人は、不安や苦痛を抱いている人がほとんどです。また、その悩みに加えて、弁護士に初めて会うこと自体にストレスや不安を感じておられるものです。これを二重の不安と言います。二重の不安に対応するべく、表情のコントロールは、弁護士の仕事上の重要なスキルと言っても過言ではありません。
そして、4つめのうなずき・相づちも重要です。相槌をせずに質問ばかり続けると、「尋問」になってしまいます。これは相手に大きなストレスを与えます。仮に、相談者の話の「中身」に、適切さに欠けるところがあったとしても、その中身に同意することと、相槌やうなずきを入れることは別です。結果的に、依頼者の意向とは別の見解を伝えることも、よくあることですが、その場合でも、依頼者が「相談に来られたこと」や「お話ししてくださったということ」に対しては、しっかりとうなずいて承認を伝えることが重要です。そして、感情の部分にはしっかり寄り添って、「苦しいと感じたのですね」「それはお困りでしたでしょう」などと、うなずいて相づちをすることは大事です。
ちなみに、「わかります」という相槌は、注意が必要です。人は、自分の話を分かってほしいという思いと同時に、誰にも自分の気持ちなんかわかるものか、という思いも持っているものです。したがって、安易に「わかります」と言われて不快に感じる人もいるということを覚えておきたいと思います。
このような基本的なことが、実際のコミュニケーションをかなり左右しています。依頼者と良い関係を作るために、ぜひ改めて意識してみることで、安定した信頼関係が築きやすくなると思います。
実際、弁護士の表情や言葉ひとつで、クライアントの気持ちを少し明るくすることもできますし、やたらと落ち込ませてしまうこともできる、それは弁護士次第だともいえます。せっかく来てくださった相談の時間をお互いにとって良い時間にしたいと誰しも思うでしょう。ぜひ、弁護士がクライアントに与える影響を理解したうえで、良い意味で責任を持っていきたいと思うところです。
波戸岡:ありがとうございます。きょうも素晴らしいお話をありがとうございます。アクティブリスニング、傾聴の4つの神器ということで、あなたに向き合いますという「姿勢」、あなたのことを聞いています、聞きたいですという「視線」、安心していいんですよという「表情」、そしてその先をもっと続けてください、聞きたいですという「うなずき・相づち」をレクチャーしていただきました。
中原:はい。ちなみに、視線をあらわにしているというのは、生命体としては危険なのですよね。覚醒剤所持事案で警察が踏み込んだときに、被疑者が思わず目線を向けたところに覚醒剤があるともいいます。視線は強力なメッセージです。
波戸岡:なるほど。
中原:動物も同じで、敵に襲われた時に逃げる方向に目線をやり、それが敵に見えてしまうと先回りされる、あるいは敵の仲間に向こう側から襲われてしまうということで、目線を悟られないというのは生きるための必須のことです。
一方で、人間はではなぜ視線があらわなのかというと、目線で今自分が思っていること、次にやりたいこと、興味を持っていることを相手にあえて伝えるための戦略として採用したということです。白目と黒目のコントラストを出して、視線を相手に見せること、それもコミュニケーションとして使うことを前提とした身体の仕組みなのですね。
波戸岡:それは面白いですね。驚きです。
中原:そうなのです。もしこれが白目が見えず、全部黒目だと視線が分かりません。遠くから見たら、犬の視線は分かりませんよね。全部黒目だからです。人間以外にこんなに白目のある動物はいません。それはお互いに社会をつくって、目線でコミュニケーションをして支え合う社会によって共存を図るためですね。
波戸岡:とても興味深いです。大門さんも視線については気にされていますか。
大門:私自身、視線がとても気になったことが最近ありました。先日、初めてお会いした方とお話しをしたときに、はじめの15分間くらい、目が合うとそらされてしまって。自分自身、なぜ目をそらされるのか、ということに意識が行ってしまって、会話に集中できず、あまりいい気持ちはしなかったことがありました。
また、コーチング仲間で、少し前に流行ったコーチング手法があって(正確にはもはやコーチングではないのかもしれませんが)、少し不思議なのですけれども、ただお互いに目を見るだけというものがありました。何もしゃべらずただ目を見つめ合って少しの時間を過ごすのです。ちょっと、いや、だいぶ気恥ずかしい気持ちもあるのですが、その感覚を超えると、言葉にはできない感情が沸き上がってくることがありました。人によっては涙が出てしまうのです。私も涙が出てしまうというような体験もありました。ノンバーバルな部分の効果というのはやはり大きいのだと思いました。
中原:目線でいえば「共同注視」という同じ物を見ることがあります。弁護士とクライアントさんが、説明書を一緒に見るとか、クライアントさんが持ってきた物を一緒に見るなどです。目線の先が同じという状況をという、これも2次的には効果があります。視線をコントロールすることによって共同体感覚、ラポールを形成する一つのスキルです。
波戸岡:なるほどです。それから「分かります」という言葉についてですが、「相談者は“分かります”と言ってほしいのだろうか」と、そこを想像してみるのはありなのでしょうか。
中原:はい。「わかります」と言われて、皆さんもとてもうれしかった、ほっとしたという経験があるのではないでしょうか。「わかります」は、ホームランにもデッドボールにもなり得る言葉かと思っています。
ここで、デッドボールを避けるために参考になるものとして、認知行動療法の「ソクラテス式問答法」というものがあります。これは、質問をひとつひとつ細かく積み上げて聞いていくのです。そして、積み重ねの結果、クライアントさんの心象の全体像がようやく十分に見えてきたかな、という段階に至ったら、そこで初めて「なるほど、わかります」と口にするというものです。ポイントは、ちょっと話を聴いただけの段階で、安易に、軽々しく「わかります」と言わないことです。この工夫をすると、お相手に与えるちょっとした「いや、あなたには分かっていない」といった抵抗を軽減できると思います。
波戸岡:まさに使うタイミング、相手との呼吸の中で、タイミングはきっとあるのでしょうね。もしかしたら僕らが失敗したときというのは、「分かります、でもね、、、」というふうにセットで言おうとしているときでしょうか。
中原:たしかに、「でも」BUTでつながないというのはポイントです。この逆接の接続詞、「でも」、「だけど」、「しかし」というのは基本的には不要です。これを使うと、心理的に分断されてしまうのです。そこまでは、「うん、うん」と言ってくれたけれども、「しかし」と言われた瞬間に、全部否定されたという印象をお相手が持ってしまいます。こうなるともったいないですよね。
「だけど」、「しかし」を封印しても、実は、話はできるんです。そのときに使うのが「一方で」です。「あなたはAと考えてるんですね。しかし、裁判所はBと考えるでしょう」を、「あなたはAとお考えなのですよね。一方で、裁判所はBと考えるかもしれません。」と言い換える感じです。
波戸岡:一方でというのは文章言葉では書きますが、会話の中でも「一方で」と使うのですか。
中原:そうです。「一方で」、「他方で」とひと工夫する。これは結構有効なスキルだと思います。カウンセリングなどでも使います。
木葉:私も逆接の接続詞をなるべく使わないようにしています。逆説の接続詞の代わりに、「そして」や「それで」など、文脈的にはつながりませんが、あえて順接の接続詞を使うようにしていることがあります。
中原:そうですよね。文脈として、つながっていなくていいというのがポイントですよね。
「そして」も使えます。「おっしゃるとおりですね、そして、、、」というふうに展開していきます。
波戸岡:それから、つい腕組みをしてしまったときに、それをやめようとしても、じゃあその手をどこに置こうかとかよくわからなくなったりしませんか。
中原:D&Dというのがあります。D&Dというのは、Delete&Developmentの略です。例えば、腕組みをやめようということであれば腕組みをやめるのがデリートで、その後に必ずやめたときに何をするかを決めておくというのがデベロップメントです。禁煙であれば、たばこを吸わないときにそのときに何をするかを決めておきます。いわば、行動の置換ですね。これがいわゆる行動療法です。
脳は何かをしないということを理解できないと言われており、何かをやめたいなら、それを何に置きかえるのかを同時に考えること。それがD&D、Delete&Developmentです。
波戸岡:なるほど、それは腕組みに限らず、日々の行動での大きな手掛かりになりそうですね。
さて、改めて傾聴についてですが、「アクティブリスニング」、ここには「アクト」という言葉が入っていますね。
中原:はい。京都大学の杉原先生は、傾聴は自然な行為ではないとおっしゃっています。あえて、わざとらしく何か振る舞うことなのだと、顔一つ、目一つ、手一つ、体一つ、もちろん発言一つ、すべて傾聴とはあえて行う積極的なふるまいであって、自然に任せたものではありませんということです。杉原先生は、現役の京大の教授で、現在でも学生相談部の部長も現役でされている、もちろん研究もたくさんされている方です。漫然と聞いていては、アクティブリスニングとは言えないようです。
波戸岡:今回は、傾聴について、改めて大きな気づきがたくさんありました。
木葉:本当に素晴らしかったです。傾聴の97%はノンバーバルメッセージ、のところは本当に衝撃的でした。自分が声に発することだけではなく、その前の土台のところから配慮していくことについて、とっかかりの入口を今日作っていただけて、とてもありがたかったです。本当にありがとうございました。
中原:皆さんのお知恵が素晴らしく、とても勉強になりました。私自身もいろいろな癖が元々ありました。例えば、考えるときに視線が上に行ってしまうなどです。こうした癖は、人に指摘されて気が付きました。話しているときに相手の視線が泳ぐと不安を与えてしまうので、指摘してもらって感謝しています。こうして小さなことでも磨いていくということが、対人支援職としての日々の面白さでもあるのでしょうし、一つの責任として影響を大事にしたいと改めて思います。ありがとうございました。