傾聴

木葉:私はレベル3「全方位的傾聴」の初めの部分で、「レベル3の傾聴とは自分の周り360度すべて意識の焦点を当てる聴き方をいいます」をチェックしました。
私はこれを見て「ああ、そう言えば」と自分の体験を思い出したという気付きがあります。

私が弁護士業務でも使っているなと思うのは、相談者さんが発している、言っていることと雰囲気が全く真逆のときがあり、そういうときに私はどうやっているかというと、相談者さんに対して「いったんお止めしますよ」というお声がけをしています。これは別のスキルで「中断」といいますが、いったん中断した上で、「今、本当はこういうことを考えていらっしゃらないですか」とか、本質をずばりと突いたことを投げかけることがあります。

また、相談者さんがずっとお話を続けて、お話の切れ目も無くなっているようなときにも、「いったんお止めしますよ」とお止めして、「大事なお話なので、一緒に一つずつ整理していきましょうね」とお声がけをすることがあります。
言っていることと雰囲気が全く真逆のときも、お話の切れ目が無くなっているようなときも、相談者さんご自身は、どうしていいか分からないとか、弁護士にどうやって伝えたらいいか分からないとか、混乱していらっしゃることが多く、そこをいったん中断してクールダウンさせていただくということをよくやっています。これを傾聴のレベル1でやっていると「うん、うん、そうですね」と表面を聞くだけになってしまいますが、そこをもう少し深いところまで視点を向けて、相談者さんのお話の内容だけではなく、相談者さんの発している雰囲気や場の空気感等、全体的に意識の焦点を当ててお聴きすると、たぶん何か違うことを伝えたいのだろうというところまで気がつきます

私はこれを結構使っています。相談者さんが表面で言っていることと出している雰囲気が全然違うとき、お話の切れ目が無くなっているようなときには、必ずといっていいほど使っていると思います。そのようにすることで、ただ法的見解をお伝えする場ではなく、相談者さんが本当に伝えたいことやお気持ちに寄り添ったご相談の場になるよう、配慮しています。どのように使っているかの実践の共有でした。

波戸岡:ありがとうございます。もう少し聞きたいのですが、これは体から感じるのですか。

木葉:そうですね。相談者さんのお話の仕方、声の大きさ、スピード、息を吸うタイミング、色々なものから全体的な雰囲気を感じていると思います。これは皆さんもコーチでなくてもあると思います。そういうときに、こういう関わりがあるんだな、コーチングを生かしているんだなという感じですね。

波戸岡:なるほど。多くの弁護士も、おそらく同じことを感じることは結構あって、でもそれを声に出すことは少ないかもしれませんね。相談者さんの話を止めて入っていくことについて、ためらいとかはないのでしょうか。

木葉:入っていく前の段階の「いったんお止めしますよ」のところ、そこは非常に気を使います。
特に初対面の方のときに、安易に「いったんお止めますよ」とやってしまうと、相談者さんとしては、気を悪くされるのは当然です。ですので、自分の中でも意識を整えながら、声の雰囲気などに非常に気を使っています。それでお止めして、呼吸と話す速度もコントロールしながら、「今お話を聴かせていただいて思いましたが」など、続きの言葉のところで、速度自体を下げます。そういうことを感じ取りながらやっています。

波戸岡:なるほど。そうすることで、相談者さんは「話を止められた」とは感じず、むしろ「自分はたくさんしゃべってしまい、今、止まっていませんでしたね」という気付きになるのですね。

木葉:そうです。たぶんそれはレベル3でやっていると思います。

波戸岡:なるほど。すごく勉強になります。ありがとうございます。ところで、法律相談だと、どうしても相談時間が限られているという事情もあります。例えば、レベル2で全集中していて、気付いたら「しまった、こんなに時間がたった」となってしまったときに、レベル3にシフトして「もうこんな時間ですね」とか「もうこんなに時間がたってしまいましたか」などという工夫もありかと思います。
そのあたりは、どうやって工夫されていますか。

大門:これは私の場合の一例ですが、例えば「今日は1時間半です」というときに「お互いにこの1時間半の相談を一番実りあるものにしていきましょうね」と最初にお伝えします。そうすると「1時間半だ」ということがクライアントさんにもご理解いただけます。その中で何を話すのが一番実りあるものになるのかということを一緒に創っていこうという合意を形成してみるということをしています。

波戸岡:今のはいいですね。たんに「1時間半です」だけではなく、「この相談時間を実りある時間にしましょう。その時間できちんと実りあるゴールにたどり着くようにしましょう」というのですね。なるほどです。ありがとうございます。
中原さんは、今回の傾聴について、心にとまった部分はありますか。

中原:はい。私は、結局クライアントさん自身が、これからどう在りたいのかという点を意識するようにしています。
クライアントとしては、わざわざ弁護士のところまでやってくるほどの大事件が起きたわけですから、苦しい、不安、怒り、いろんな感情が溜まっていて当然です。語り出したら、それこそ2日でも3日でも語れるくらいの感情やストーリーがあると思います。そして、依頼者は、本当にそれを聴いてほしいんです。なぜなら弁護士のところで来る方は、ある意味、「自分の話を聴いてもらえなかった人、理解してもらえなかった人」だからです。弁護士が話を聴く役目を持っていることは、その人にとって重要なことだと思います。聴いてもらえた、というだけで、心理的な問題は、相当解消されると思いますし、これを放置しておいては、依頼者と弁護士のやりとりもうまくいかないと思います。ここで、傾聴の力を弁護士がしっかり持っていることは重要です。傾聴力があれば、何時間もかけずにきちんと相手の話を聴いて共感を伝えることができます。相手に聴いてもらえたと感じてもらえる方法で話を聴き、これまでの依頼者の苦労をねぎらう一言を告げる、これは私が必ずやっていることです。これは、俗に言う「ガス抜き」などとは違う意味で、本当に「共に在る」ことを大事にしています

さらに、法的な指南だけでなく、その人が本当にどう在りたいのかという価値観に目を向けるようにしています。単純に、「で、〇〇さんは、どう在りたいですか」とか「いま、一番大事にしたいことは何ですか?」とか。労働問題でもめている経営者さんなら「会社の信用」かもしれませんし、離婚協議中の夫なら「子ども」というかもしれません。そんなときに、「まさに。会社の信用ということを最善に考えているから、今その選択をしようとされているのですね」とか、「子どもさんのことを一番大事にする、とすると、どんな選択がありますか」などという対話の方向性をとることで、クライアントが少し冷静になったり、客観的な視点を取り戻すということはあると思います。

法的な答えを渡すこと、つまり、ティーチングすることは、弁護士にとっては簡単です。しかし、それだけでは、依頼者の心理的な問題は解決しませんし、満足も安心もしてもらえません。逆に、満足と安心があれば、依頼者は本来の力を取り戻して、前に進めると思うんです
苦しいながらも、やっと弁護士のところにたどりついてくれた依頼者と、依頼者の大事なものを共有しながら、どう歩いていくのかという、その人の在り方とどう手をつなぐかという意識は、依頼者の安心と満足、そして実際の問題解決のために、とても重要です。

波戸岡:今、中原さんの言葉の中に出てきた、「どう在りたいか」ということ、そして今さらりと「共に在る」とおっしゃいましたが、弁護士とクライアントが共にあるということ、これにはどんな思いや意味が込められていますか。

中原:ありがとうございます。先ほど絵を描いてみました。
弁護士とクライアントが向かい合っていて、クライアントさんが話しているときに、弁護士の頭には「いやいや、それは無理ですよ」「どうやって無理だと納得してもらうか」とかいっぱいになっている状態がレベル1の聴き方だと思います。
実はこれをやっているときは、弁護士側がすごく疲れる、自分自身がすごく疲れてしまいます。そうではなくて、このクライアントさんが言っていることに全集中するということがレベル2の聴き方なのかなと思います。

先ほど言った「共に在る」というのは、そう感じているであろうこのクライアントさんの思い、それに至った経験や価値観、それをこの場で一緒に体感させてもらっているという感覚です。その人の心的事象と共に臨場しているというのが、「共に在る」という感覚なんです。その時、クライアントの存在(クライアント自身は法的な存在を超えた一人の人間ですから)自体に、正しいも間違いもないわけで、ただ、この人はそう感じているんだな、ということをいったん受け止めるわけです。とりあえず、受け止める。で、それまでの苦労をねぎらう。「大変でしたね」とか、「よくここまで頑張ってこられましたね」とか。それは嘘でも媚びへつらいでもなくて、依頼者の主観としては大変だったからこそ、わざわざ弁護士のところで来られたわけですから、必ず「大変でしたね」と本気で伝えます。これだけで、依頼者としては、心理的に解放されて、弁護士への信頼も生まれると思います。さらに、「あなたのご事情からすれば、そのご意見はごもっともだし、私もそうであったらいいと個人的には思います」といった、寄り添いの言葉も積極的に使います。ただ、残念ながら、法的には実はこういう解釈がされていて、つまり、あなたのご意向は通らない可能性が高い、と、ティーチングの部分は率直に説明します。ティーチングの前に、私はあなたの思いやご経験を尊重しています、ともに在ります、というメッセージを伝えることは弁護士の重要な仕事だと思います。

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大門 あゆみ (だいもん あゆみ)

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