語られない事情の向こうにあるもの

法律相談の現場では、ときにこんな相談を受けることがあります。
「会社にひどいことをされた。違法なことをしているに決まっている。だから訴えたいんです。引き受けてください。」
一見、強い意志を感じる言葉です。
けれども、どんな事実があったのか、どんな損害を受けたのかを尋ねても、「とにかくお願いします」としか返ってこない。
弁護士としては、内容を確認できなければ受任はできません。
そのため、押し問答のような会話が続き、空気が硬直してしまうこともあります。
まず「来てくれたこと」から受け止める
こうした場面では、事案の中身を問い詰める前に、
「ここに相談に来た」という事実に注目してみることが大切です。
「依頼したいというお気持ちでお越しになったこと、すごくよくわかりました。」
たった一言でも、相談者の存在や思いを受け止める言葉を添えることで、
その後のやりとりが落ち着きを取り戻すことがあります。
弁護士は事実を聞き出す役割ですが、相手がまだ話せる状態になっていないこともあります。
無理に語らせようとせず、まずは語られた範囲をしっかり受け止める。
それが、信頼の糸口になります。
「どんな背景があるのか」を尋ねる
「とにかく受けてほしい」という要望の裏には、何らかの背景があります。
長年の理不尽、怒り、あるいは他の人を守りたいという気持ち。
その背景を尋ねてみると、少しずつ事情が見えてくることがあります。
「そこまでお考えになったのは、どんな背景があるのでしょうか。」
そう問いかけると、相談者ははじめて「実は……」と語り始めることがあるのです。
この質問は、「話す準備ができていない人の心を開く」効果をもっています。
相談者の「善なる意図」に光を当てる
誰かを訴えたいという思いには、多くの場合「善意」や「正義感」が含まれています。
「他の社員も同じように苦しんでいる」「お客さんに迷惑をかけたままにしたくない」――。
相談者の中にある、そうした意図を拾い上げて言葉にすることが大切です。
「他の方のことも考えて、大きな決意をもってここに来られたのですね。」
このような一言は、相談者に「自分を理解してもらえた」という安心感をもたらします。
事案の詳細がまだ見えなくても、相手の姿勢や覚悟に光を当てることで、
弁護士と相談者の間に信頼が生まれるのです。
「話してくれないと分かりません」ではなく「検討したいので伺いたい」
事情を聞き出す場面でも、伝え方ひとつで印象は変わります。
「話してもらえないと受けられません」ではなく、
「お力になれるかどうか、しっかりと検討したいと思っています。そのために事情をお聞かせいただけますか。」
と伝える。
同じ内容でも、「拒絶」ではなく「協働」のニュアンスが加わります。
相談者は「聞き取り」ではなく「一緒に考える場」に参加していると感じるのです。
「選択肢」を渡す
それでもまだ話せない相談者には、選択を委ねる言葉をかけます。
「今日はまだお話ししにくいようでしたら、改めてお聞かせいただく機会を設けることもできます。」
このように話すかどうかを本人に選んでもらうと、相談者の中に主体性が戻ります。
弁護士が一方的に判断を押し付けるのではなく、相談者自身が次の行動を選ぶ。
そのプロセスが、最終的な納得感を生みます。
関わり方で、相談の後味は変わる
同じ相談でも、弁護士の関わり方ひとつで、
その場の空気も、相談者の印象も、相談後の後味も大きく変わります。
語りたくない人もいれば、話しすぎる人もいる。
受任までの流れを誤解している人もいれば、覚悟を決めて来ている人もいる。
その多様さを前提に、柔軟に工夫する力が、弁護士という対人支援職の幅を広げます。
「語られない沈黙の中に、どんな思いがあるのか」
その問いを忘れずに向き合うことが、信頼される専門職の第一歩なのだと思います。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
この会では、隔月1回、テーマを決めてレクチャーと対話を行っています。このブログでは、その中から、私たちが話した部分の要約を載せています。コーチングの可能性を多くの弁護士の方々に知ってもらえれば幸いです。
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