未来にフォーカス-ダイアログ編-
(前半レクチャー編の続き)
波戸岡:ところで、未来のこと聞いたとしても、依頼者から、「今はそのようなことを考えたくないです」というような回答をされてしまうことはないですか?
中原:はい。その場合のポイントは前回説明した反復性理論です。人は、最初は「ん?」と思ったことでも、何回も何回も聞いていると、それを当然のことのように自然と受け止める、という理論ですね。
波戸岡:なるほど、そういうアプローチは効果的ですね。
大門さんも、未来に視点をずらすための質問をなさると思うのですが、いかがでしょう。
大門:はい。私がときどき質問で使う言葉は、「何でも可能だとすれば」です。
「何でも可能だとすれば、相手とどんな関係を築ききたいですか」ですとか、「何でも可能だとすれば、今後どのようなことをしたいですか」というような聞き方をします。これは未来に目を向けた質問なのですが、完全な自由を手に入れて健康やお金の心配も全くなく、何でもコントローラブルだとしたら、何が欲しいですか、どのように生きていきたいですかということをお聞きするかかわりです。そのような質問を通して、少しずつ、少しずつ、クライアントさんが描きたい未来を引き出していく関わりというのができるといいのかなと思います。
波戸岡:なるほど、未来に向けて、具体的にどういう働き掛けができるのだろうかというスキルであり、マインドですね。木葉さんはいかがでしょうか。
木葉:私も、質問の力を使って視点を未来に移動する、というのはよく使っています。
例えば、お子さんのいる離婚事件等では、事件が終了しても面会交流の関係で、当事者ご本人同士のやり取りが必要となることが多いですよね。そのような時に、
「事件が終わって、私や相手方の弁護士が抜けた後、相手方とどのような関係性であればいいな、と思いますか」という質問はよく使います。
すると、質問を投げかけられたご本人は、視点が未来に移動して、
「本当はこのような関係になりたいです」
「いがみ合いたいわけではなくて、子どものことだから、フラットにきちんと言い合えるようになりたいです」
「感情的なやり取りをするのではなくて、冷静に対応したいです」
等、ご自身の本来の理想像に目がいくようになります。
そこで、「では、そこに向かってこちらが何か一歩踏み出してみるとしたら、どのようなことができそうですか」とさらに質問していくと、代理人がついている今のうちに、これを話合っておこうとか、色々具体的な行動につながっていきます。
波戸岡:なるほど。対話が自然に進んでいっていますね。
一方で、終わるのはいいとしても「どれぐらいかかりますか」と聞かれることがあると思います。これはどうとらえればよいでしょう。
中原:私たちがやっているのは「再構築」のお手伝いなんですよね。事件というのは、何らかの喪失を伴っているはずです。それは、日常生活かもしれないし、婚姻の配偶者の地位かもしれないし、お子さんとの同居生活かもしれないし、財産かもしれないし、怪我の場合は身体機能であって、つまり、事件当事者というのは、必ず、何かの喪失を伴っているわけです。
ということは、弁護士の仕事は、喪失後の未来を再構築するプロセスそのものです。これはグリーフケアの発想です。再構築した未来はこれからつくっていくものなので、いかようにもデザインできます。そこで、あなたはどうありたいのかという、大きな問いをしているのだという、そういうマインドが大事だと思います。
波戸岡:喪失という言い方なのですね。
中原:喪失ですね。失う。そして、喪失には悲嘆を伴います。それをケアすることをグリーフケアといいます。究極は、例えば人が亡くなった場合ですが、それだけではない小さな喪失を、われわれは日々経験しています。クライアントとなる人、弁護士のところに相談に来られる方は、必ず何かを喪失して来られます。
波戸岡:そうすると、そういう心の状態の依頼者に対しては、弁護士の質問が意図通りに届かないときもありませんか。
中原:そうですよね。このブリーフセラピーの質問は、変わっているので受け止めにくい時もあります。なので、導入としては、「ここで一つ変わった質問をしますね」、「少し変な質問をしますがいいですか?」と言うのもおススメです。
すると、「嫌です」と言う人はいません(笑)。「ええ、どうぞ」と、大体の方はそう言います。その上で、「もしこの事件が完全に終わったとして、あるいは、このことを完全に忘れている未来が来たとして、あなたはどんな生活をしているでしょか?」と言う流れです。あるいは、もっとブリーフセラピーの決まった用語を言うと、
「眠っている間に全てのことが解決して、朝に目覚めたら全部が解決しています。そして、その朝にあなたは目覚めて、いったい何でそのことに気が付くと思いますか。それまでと、あなたは何が変わっていると思いますか。あるいは、誰が最初にそれに気が付くと思いますか」といったような定型質問があります。寝ている間に天使が降りてきてなど、何かいろいろ付けてもいいのですが、もうこれは、相当エキセントリックな質問ですよね。少し想像力も必要です。
そして、どのような答えが出てくるかは、本当にまったく人によって違うのです。ぐっと思考の次元を変える問いなので、導入も工夫の余地がたくさんあります。
例えば、丁寧な導入だとこんな感じです。
「○さん。○さんと今までいろいろなたくさんの話をさせてもらってきました。私は○さんをとても信頼しています。そして、今日、私はここで、あえて一つ質問をさせていただきたいです。ただ、ちょっと変な質問なのですが、いいですか?」信頼と承認と、少し敬意を込めます。そして、変な質問だけどごめんなさいね。という思いも入っています。
波戸岡:いいですね。今、私にも質問してほしくなりました。それはきっと、よくありがちな「もうそんなのいいじゃない。先を見ましょうよ」という、今をないがしろにするという意味ではないということですよね。
中原:そうです。そのとおりです。今の先にある未来をどう築くのか?を大事にして尊重する質問です。それ、2人で一緒にキャンバスに描いていくというか、2人で「あ、それはいいですね。じゃあ、どうする?」などと一緒に眺めながら、隣に並んでやっていくのがいい関係なのかなと思います。すると、弁護士も少し楽になれます。
弁護士は、何だかんだといっても多少は事件に巻き込まれているはず。特に私などはすぐにそうなってしまって、疲弊していたものです。そこを脱して、一緒に未来を眺める感覚を取り戻すといいますか、これは未来を再構築していくプロセスなのだというところに、きちんと戻るというための技法です。そのために、定型的な質問など、ある程度決まった技法があると理解されていると思います。
波戸岡:なるほどです。さて、先程の話に少し戻りますが、いつか終わるのを知っているということと、それがいつなのかという話は、違うようでいて、しかしセットだったりもしますよね。
それで弁護士自身も、いつ終わるか予想できず、疲弊しそうになるときはないでしょうか。
木葉:私は少し違う角度からの対応かもしれませんが、初めの時点で、裁判所が公開しているデータを使って、例えば民事訴訟だったら、平均的にどれぐらいかかっています等のご説明をすることがあります。初めの時点でデータをお示しすると、依頼者は、「平均でもこのくらいはかかるのが普通なのだな」と納得して下さいます。
ただ、あくまでも平均なので、依頼者から、「この場合どうなりますか」、「ここの部分がこうで、ここの部分がこうだったらどうなりますか」等、仮定、仮定でシミュレーションをしたご質問をいただくことがあります。その場合は、
「ご不安だから色々場合分けしてシミュレーションしたくなりますよね。お気持ちはとてもよく分かります」と受け止めた上で、
「この場合はこう、ここの部分とここの部分がこうなったらこう、と仮定、仮定でシミュレーションをするのは本当に限界があります。私の経験上、精神衛生上一番いいのは、大枠については方針を決めた上で、具体的な対応については、相手方が対応してきた段階でその都度お打合をして、『それではこれについてはこのように対応していきましょう』と都度一緒に考えていくことだと思っています」
「相手方のお返事を待っている間は、シミュレーションをしてぐるぐる考えるよりは、一旦お休みの期間として、この件については休んでいいただいて構いませんよ」
と言ったりもします。
波戸岡:ありがとうございます。まさに、依頼者とどのように歩んでいくかということですね。
それから、依頼者の方が事前に調べてきていらっしゃる場合もありますよね。けれど、それが必ずしも正しくないことも多いです。そういう場合はどうされていますか。
中原:まずは、私なら、情報調査能力が素晴らしいですねということをしっかり肯定します。「この点についてそこまで調べられる人はそれほどいないですよ。」「複雑な情報がたくさんあったでしょうに、よくしっかりと把握されましたね」など、承認したうえで、「実は、さらにポイントがあるのです」などと言って、こちらの見解をお伝えするという流れです。
波戸岡:そこも承認なさるのですね。素晴らしいです。
中原:私はします。承認したことしか否定できない、と思っています。
波戸岡:承認したことしか否定できない、といいますと?
中原:たとえば「あなたの情報調査が間違っている」ということになると、お相手はそれを受け入れ難いと思います。ですから、「あなたの情報調査能力は素晴らしい」「その努力も姿勢も素晴らしい」と、まず承認です。そして「実際、かなり大筋は合っています。ただ、実は小さい文字で、実際のケースは事情によると書いてありませんでしたか?」などと言って、「そのケースが、実は今回の場合だとこうなるんです」などと展開します。
そして、「ここからは先が、少しややこしい、少し専門的な話になりますがよろしいですか?」と進めます。そうすると、こちらにスムーズにバトンをもらえますよね。そして、相談者がもってきた理解をベースにして、○さんの場合は・・・と説明を展開し、「だからこそ、今日来ていただいて個別の説明をきいていただくことには大きな価値があります。ネットを超えた個別事情はここまで来ていただいてこそ理解していただけるんです、よくいらっしゃいました」などと話すと、「なるほど、そうだったのか!」ということになります。これは、相談に来られたことを承認する意味もあります。
どうも、人は「実は・・・」という流れで展開すると、少し受け入れやすいようです。
で、ここまでの会話で、ご本人の話の内容は一切否定していません。むしろ相手の話にこちらが乗っかって、それを前提として、イエス、イエス、イエスで来ています。で、そこから、実は○さんの場合はこうなのです、だから、よく来て下さいました、といって最後まで承認を維持できます。
波戸岡:今のは、承認した上での否定ともまた違いそうですね。
中原:さらなる専門性の追加、でしょうか。専門的理解の追加、かな。ご本人が調べてきたことは、ある程度は本当だとも思います。ただ、それが全員に当てはまるわけではないということもご本人にも分かるはずです。だから、ネットにはそう書いてあったんですよね、そうですよね、と言います。実際に書いてあったかは知りませんが笑、ご相談者がそうおっしゃっているならそれでいいと思います。その上で、ここからが実は・・・という話につなげることです。それは、依頼者の話を否定することではなく、知識の追加・専門性の足し算だと思います。
木葉:例えば調停で、調停委員が裁判官と評議して、調停案を示すことはよくありますよね。その場合で、これは、どのような要素をお考えになってこのような調停案を示されたのかな、とあまり感覚的にわからない場合は、私は、「きっと裁判官も色々なお考えがあってこの調停案を示されたのではと思います」とまずは受け止めさせていただいた上で、「依頼者にも説明させていただきたいので、是非、調停案の背景となる要素をもう少しお聞きしたいのですが」と質問することがあります。すぐに質問するよりも、まずは受け止めのステップを入れた方が、調停委員や裁判官との関係性が円滑になる場合があるので、事案によって工夫しています。
波戸岡:もしかしたら私たちは、イエスかノーの答えしか持っていなかった。けれど、3つ目の選択肢として承認があるのですね。というより、まずは承認があっての、イエスでありノーであるのですね。
中原:そうですね。言いたいことがあるときこそ、承認から始めます。
波戸岡:今日もたくさんの内容をありがとうございました。
中原:こちらこそです。私は偉そうに会話例を話しましたが、いつもこのようにうまくいっているわけではありません。この、「アロマをしたいのです」とか「ハローワーク行ってみます」が出たときは、心中では、よっしゃ!よかった!質問に乗ってくれた!と思いながらやっています。その前段階では「いつこの問いを出そうかな?」「出してみよう、さあ、頑張れ私!」とか内心でやってます(笑)。ですから、そういうドタバタの中で、たまにうまくいったことをご紹介させていただいている次第です。先生方の素晴らしいご経験もまだまだあると思うので、ぜひ、お聞かせいただければと思います。本当に今日はありがとうございました。