弁護士×コーチングの実践例 by石垣祐一
波戸岡:今回は、いつもメンバーとして参加してくれている石垣祐一さんに、「弁護士×コーチングの実践例」をテーマにお話しいただきました。
石垣:【自己紹介など】
私は、2019年にスポーツに特化したコーチングスクールを運営している(一社)フィールド・フローで、コーチングを学びました。
今は、弁護士として働きながら、フィールド・フローの認定コーチとして千葉県のフットサルチームで、ボランティアですがメンタルコーチをしています。
私がコーチングを学んだきっかけは、スポーツ界の暴力や暴言の問題でした。
私が修習生のとき、大阪市にある桜宮高校で、バスケ部のキャプテンが指導者の暴力や暴言が原因で自殺してしまったという事件がありました。また、当時は柔道界でも日本代表選手が指導者からパワハラを受けているという告発があり、当時よく報道されていました。
2013年には、JSPO(当時の日本体育協会、今の日本スポーツ協会)などが「スポーツ根絶宣言」という声明を出しましたが、結局、2014年以降も不祥事や暴力、暴言などというのは相変わらず絶えませんでした。
2018年も、日大アメフト部の危険タックル事件をはじめ、スポーツに関して暗い話題が噴出した年でした。この頃、私は、スポーツ界から暴言や暴言を消すための方法として、「もう理念や罰則だけでは限界だ」と感じていました。
何か別のアプローチは無いかと模索していたところ、異業種交流会でフィールド・フローの関係者と出会い、本格的にコーチングを学ぶことになりました。
【コーチングとは?】
「コーチングとは何か?」という質問に関しては、コーチングスクールや人によって、様々な説明がされていますが、フィールド・フローでは、「自分会議のサポート」と「勇気づけ」をキーワードにしています。
自分会議(自問自答)をするのはクライアントさん自身です。コーチは、そこにクライアントさんが持っていない視点や角度から質問を投げ掛けることで、自分会議を促進するサポート役、究極的にはコーチがいなくても、クライアントの中でセルフコーチングが進んでいくことが理想だと教わりましたし、私もこの考え方にとても共感しています。
フィールド・フローのコーチングは、スポーツに特化しているので、主にモチベーションをあげる、練習の質を高める、本番で実力を発揮する、チーム内のコミュニケーション力を高めるといったテーマで学びました。
【コーチングを学んだことで得たもの】
私がコーチングを学んだ中で、弁護士業務にも通じるものとしては、まず「相手の世界を知ろうとする」ことです。人は、一人ひとり違う存在だという前提に立てば、選手には選手の感じ方があり、指導者には指導者の、保護者には保護者のそれがあることは、ある意味当たり前です。これは、弁護士の業務で依頼者と接するときにも通じる話で、自分の目の前にいる依頼者が、どのような価値観を持っていて、どのような世界の見え方をしているのかというのを、まず真っさらな状態でこちらが聞くというのを大事にするようになりました。
次に「相手をリスペクトする」ということです。先ほどの話が、依頼者との関係であるとすると、こちらは紛争案件の相手方との関係性で大事にしています。
主張が対立したときや事実関係について認識にギャップがある場合、私は、最初から相手の言い分を否定するのではなく、「相手方からこの事案はどのように見えているのだろう」と意識を持つようになりました。そうすることで、自分の中で、「だから相手方はここにこだわっているのだ」とか「だから相手方はこの点に納得してくれないのだ」といった事に気付けるようになりました。こうした気付きを依頼者とシェアすることで、依頼者も「それは分からなくもないですね」ですとか「確かにそう見られるのかもしれませんね」と言った風に、自分の世界で凝り固まっているところから、少し視点をずらすというところのきっかけにしやすくなったりします。
3番目の「分からないことは恥ずかしくない」という点ですが、弁護士をしていると、周囲の方々からは、割と何でも知っていると思われることが少なくありません。以前の私であれば、その場は多少知ったかぶりをして後から調べる、と言った見えを張ることもありましたが、コーチングを学んでからは純粋に「それってどういうことですか?もう少し聞かせてくれませんか?」と質問できるようになりました。
例えば、ある業界に勤めている方から相談があった際に、「うちの業界あるあるなのですけれども」という話があったとしたら、「すみません、その『あるある』をもう少し教えてくれませんか」と一歩踏み込んだ質問をします。そうすることで、「お宅の業界はそういう感覚で動いているのですか」といった具合に、相手の世界観・価値観を知ることができます。ちなみに、その「あるある」が法律論として通用するかというと、そこはまた別問題なのですが、より1歩踏み込んで聞くという心がけは話を深く聞くことに役立っていると感じています。
感情的な話に関しても、何が不満なのか・いらいらしているのか、どこに不安を感じているのかというのも、よく聞くようになりました。
例えば金銭トラブルひとつとっても、単純にお金が戻ってこればいいのか、それとも謝罪を求めたいのか、あるいは結論が出ればいいのではなくて、そこに行き着くまでのプロセス自体にものすごく重きを置く人なのかなど、依頼者がどこにこだわりを持っていて、何がクリアできれば真の満足が得られるのかという点を気にするようになりました。
全ての仕事で、毎回事細かく聞くわけではないですが、少しこだわりが強そうな方には、早いタイミングでそうしたことを聞くことで、終盤になって「思っていたのと違う」という事態が起きにくいと感じています。
【コミュニケーションスキルについて】
質問の仕方やコミュニケーションの方法に関するスキル的な話で言うと、話を促す方法として「と言うと?」や、「それから?」など、短い質問は良く使います。掘り下げるタイプの質問では、「そのときどう感じたのですか?」とか、「今のところ、もう少し教えてくれませんか?」といった質問もします。
他には、「少し余談になるかもしれませんが…」とか「半分僕の興味本位の質問になってしまいますが…」といった聞き方もします。これは、相談の目的と関連性があるかどうかわからない範囲の話を聞くときや、少し突飛な質問をするときに使います。
刑事事件の初回接見で被疑者に前科の有無を聞く場合や、初回相談で依頼者が不利な事実を隠しているかも知れないと感じるときは、「答えにくいと思いますが…」とか「失礼な質問をしますが…」という前置きをすることで、できれば答えてほしい、率直に全部打ち明けてほしいという姿勢を示すこともあります。
「依頼者の目的を聞く」という点でよく使うのが「できるかどうかは別にして、何でも思いどおりにいくとしたら、どうしたいですか?」という質問です。弁護士として手伝えるかどうか、法律上認められるかどうかを脇において、「理想の形」を聞くことで、依頼者の本当の目的が、お金なのか・感情的な問題なのか・全く別の何かなのかを知るきっかけになります。
「依頼者の視点を変える」というところでは、依頼者がひとしきり話し終えたところで「今の話を、そっくりそのまま相手の立場に立ってみたら、どう感じますか?」といった問いかけをすることがあります。例えば、家族に関する相談で、依頼者と相手方のどちらにも言い分がありそうなとき、こうした問いかけをすることで、依頼者の凝り固まった視点を少し変えるきっかけにできることがあります。
スキルについて最後に、私がコーチングを学んだフィールド・フローのオリジナルアイテムで、「タイムライン」というツールを紹介します。この長所は、机やホワイトボードの上に、フセンやマスキングテープを使うことで、時間軸を視覚的に捉えることができるところです。
例えば、床にマスキングテープを1本引いて、自分から遠いほうが未来、自分に近づくにつれて現在・過去と時間軸をおきます。そこに、西暦や自分の年齢を書き留めていくと、見えない時間軸を視覚的に捉えることができるようになります。こうすることで、目の前の課題でいっぱいいっぱいになっている依頼者の視野を一気に広げたり、AとBのどちらに進むべきか悩んでいる依頼者に、それぞれの選択肢を選んだ場合の長期的なイメージを作ってもらいやすくなります。感受性が高い依頼者だと、この手法を使うことで決心できたり、「こんな未来は絶対に嫌です」と言った具体に考えがクリアになったりします。
「見える化」に関しては、付箋を使って今までの出来事をとにかくいろいろ書き出してみるという作業をすることがあります。特に、過去の小さなトラブルが積もりに積もって爆発してしまったような依頼者の場合、依頼者自身が、自分はどこにフラストレーションを感じているのかキレイに説明できないことがあります。そのようなとき、「見える化」の作業をすることで、依頼者自身のアタマや感情の整理が進み、「本当に解決したい問題は、実はとても些細なことだった」という結論に達したこともあります。
【自分自身の状態について】
コーチングを学んだことで、私自身は、「自分自身で抱え込まない。迷ったら聞く。」というのを心がけるようになりました。事件の方針でも、事務所の中のコミュニケーションのことでも、とりあえず自分の考えや思いついたことがあれば言葉にして、事務員さんから感想をもらったりすることはよくあります。
セルフコーチングも心がけるようになりました。最近は、①この先自分はどこに向かいたいのか・本当はどうしたいのか、②それに関して自分に今できることは何なのか。あるいは、③今、自分に何が起きていてこのままでいいのか、という3つの問いかけを自分自身に問いかけていることが多くなりました。
「成長の度合い」に関しては、本の受け売りですが、「成長の目盛りを1センチ単位から1ミリ単位にしてみる」というのを心がけるようになりました。目盛りを細かく捉えることで、少しずつでも自分が成長している感覚をもつようにしています。
最後に、コーチングよりも マインドフルネスに近い話ですが、仕事を詰め込み過ぎないとか、気持ちを張り詰め過ぎない、自分自身を「良い状態」に保つことを心がけるようになりました。
【この先のこと】
最後に、私自身のこの先についてお話させて頂きます。
冒頭にお話した通り、私はもともとスポーツの現場から暴力や暴言を消したいというところから、コーチングを学びました。これからは、順調な時はコーチング・問題が起きた時は弁護士の知識を使った支援という感じで、アスリートをサポートしていきたいと考えています。また、指導者にコーチングの事を伝えたり、競技団体の運営面のサポート等、コーチングで学んだことと弁護士としてもっている知識を使って、スポーツ界にクリーンな風を送りこんでいきたいと考えています。
石垣 祐一(いしがき ゆういち)
虎ノ門法律経済事務所 市原支店 支店長弁護士(千葉県市原市)
一般社団法人フィールド・フロー認定コーチ
❖スポーツ界の暴力根絶に向けて指導方法を模索する中で、複数のトップアスリートや日本代表チームのサポート実績を持つ一般社団フィールド・フローに出会い、アスリートのパフォーマンスアップや指導方法の改善に特化したコーチングを学びました。
アスリートの社会的地位やスポーツの価値を高めることに注力して活動しています。
Instagram:https://www.instagram.com/yu_ichi_i/