コーチング・フローと弁護士業務
波戸岡:今日は、弁護士業務からいったん離れて、ビジネスコーチングをやる時に、どういうフローで進めるのかという全体像を説明したいと思います。
まず、改めての確認ですが、そもそもコーチングとは何なのかを共通認識としてお話しておきます。
1つ目は、コーチングはコミュニケーションスキルだと私は思っています。「スキル」というのが肝で、単なるテクニックではありません。依頼者には力があるのだと信じ切る「マインド」を持ち、そのためにどういう働きかけができるのかを、(生まれながらでなく)後から身に付けていくことができるという意味で「スキル」です。
2つ目は、コーチングはクライアントの目標達成を支援します。クライアントが望むところに、クライアント自身の力で到達するように支援することです。私たちは、それこそ法律の話であれば、こうすればいいんだという答えが分かったりしますが、そこに無理矢理引っ張ったり誘導したりするのではなく、あくまでご本人の力で到達するように「支援する」ということです。
3つ目が、能力開発支援です。クライアントにはご自身でも気付いていない能力、そういう可能性があるんだとコーチは信じます。
私たちが普段やってしまうのは、問題解決の支援をしてしまうことです。こうすればいいのですよ、ああすればいいのですよという解決を支援してしまいます。
けれども、そうではなくて、ご本人が自分で解決できるための「能力を向上させる」というところがポイントです。
法律のアドバイスの場合は、極端に言えば、クライアントの顔を見なくてもできてしまいます。けれども、コーチングの場合は、その問題を話しているクライアントと向き合う、クライアントの中の力を引っ張り出してあげるというところが特徴的で、そこがコーチングならではだと思います。
だからこそ、問題解決を担う弁護士業務と、能力開発支援を担うコーチングを両立させると、他にはない価値を生み出せるんじゃないかと思ってます。
では、コーチングのフローの説明に入りますが、こういう図が分かりやすいかなと思います。これを一個一個丁寧に踏んでいくプロセスとなります。
まず、「現状はどうなっていますか」ということを確認します。
もう少し詳しく分析すると、「現状をあなたはどのように認識していますか」ということの確認になります。
ですので、もし「現状はうまくいっていないのです」と答えられても、「うまくいっていないのですね」ではなくて、「うまくいっていないと◎◎さんはとらえていらっしゃるのですね」というように、クライアントの認識、つまりクライアントが見えている世界を確認し共有することになります。
現状確認ができたら、いきなり「じゃ、何から始めましょう」とはせずに、次にゴールを確認します。
「◎◎さんはどうなりたいですか」「どういうふうなことを実現したいですか」ということを聞きます。あくまでご本人の能力開発支援を目指しますので、単に「社員がこうなってくれたらいいな」とか「あの人が変わってくれたらいいな」というような、他力的な願いではなくて、「あなたの手で、何を実現できたらいいですか」という角度で質問をします。
現状とゴールを確認できたら、両者の間のギャップが見えてきますので、「では、このギャップを埋めていくことが◎◎さんの課題になりますね」という流れになります。
では、このギャップを生み出しているものは一体何なのだろう、そこにどんな課題が見えてくるのかを共に探ります。この課題を正しく見極めることがとても大切です。
そして、課題が見つかったら、「では、その課題を埋めていくために明日から何をしますか」と、次のアクションにつなげて終わります。これがコーチングの1つの型になります。
コーチングが1回で終わることはあまりなくて、一定期間やるのが通常です。
1か月に1回のコーチングであれば、次回までの行動を決めてその日のコーチングを終わり、次回コーチングでは、「前回以降、行動を起こしてみて、どうでしたか。結果を聞かせてください」ということを話題にします。
これがコーチングの1つの型になりますので、シンプルにご自身の中にインストールするといいかなと思います。
もちろん法律相談では、弁護士として法律のアドバイスをしなければいけませんので、ある意味、コーチングと法律の合わせ技ということになると、なかなか難しいところではあります。それでも、これができるようになると、「ひと味違う法律相談」の時間を創れるかもしれません。
木葉:なるほどです。まさに弁護士とコーチングとを組み合わせることで新しい価値を生み出せるかもしれませんね。
ちなみに、このプロセスの中で、一番大事だなと思うところはどのあたりですか。
波戸岡:「本当の課題を見極める」というところだと思います。
私たちがかつて散々取り組んだ司法試験では、実は、課題は明確に与えられていたわけです。この問題を解きなさい、これは何ですかと、動かぬ課題がある前提で、その正解を探して取り組むわけですよね。
だけど、日頃私たちが依頼者と出会うなかで、依頼者が持ってくる課題と向き合ったとき、本当にその課題でいいのかというところの見極めが実は一番大事だったりします。
現状とゴールの間のギャップを生み出している課題は、本当にそれなのかというところを問い直します。
今はそれこそ正解がない時代です。
正解のない時代では、正しい問いを立てること、正しい課題を立てること、ここからしっかり始めていかないと、その後も芋づる式に間違えてしまうので、本当に解決すべき問いは何なのかというところを丁寧に扱うことが必要です。
法律相談の場面では、依頼者のために、どこに課題があるのかというのを一緒に見つけていくことが大事ですから、今日お話したプロセスは、考えるフレームワークとして価値があると思います。
ぜひ弁護士業務に活用して頂けたらと思います。私も試行錯誤しながら取り組んで参ります。